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(C)2003
Somekawa & vafirs

思えば遠くにきたもんだ

森川 千春

麻雀とバンドに明け暮れた高校時代、「もうダメか」と思っていたところに入試制度改革で共通一次が始まった。 もとより広く浅くをモットーとする私には思いがけない救いの神。 どさくさにまぎれた現役合格。 一番喜んだのはクラス担任「そうか・・・おまえが・・・(絶句)」。 しかし・・・何が幸いするかわからない。

遊びまくった高校生活。 共通一次元年の「ビギナーズ・ラッキー」だけで入ってしまったもんだから、入試で疲れきって、大学でほっとする、という必要はなかった。 燃え尽きていない、いや火もついていない。 故郷の川と同じ名の担任教官(大学なのにクラス担任制度)の男気に惚れ込み、その研究テーマに惚れ込み、必要に迫られて読んだ50年以上前の英文論文、解読できた感激で、大嫌いだった英語も好きになる。 ガラにもなく大学生活は勉強三昧の日々。 しかし・・・何が災いするかわからない。

とことん惚れ込んだ担任教官のゼミにそのまま入り込み実験三昧の日々を送っていたが、あまりにも楽しく、ずっとこのままでいたい! 将来のこと、就職のことなどまったく考える気がない。 そのままズルズルと長期のモラトリアム生活に入ってしまった。

・・・話はそれるが、ちょうどこの頃、帰省の折に現在の場所で開業間もないロブロイに初めて入っている。 幼馴染の医学生に連れて行ってもらったのだが、このときマスタ−に名刺をいただいた。 その後、長らく機会に恵まれず、次は7年後くらいだった。
今度は名刺を出してくれない。 さすがプロ、一度来た客は覚えていたのか! と感心しきり。 最近、このことをマスターに確かめたのだが「特に意味はなかった」とか・・・ま、いいか。

2年の浪人の末、カネを使い果たし、当時すでに教員として就職していた同級生に遠距離電話(まだ携帯などない!)、「一万円貸してくれないか?」「いいよ」。 しかし翌日、彼から電話が。「自分で稼がないか?」・・・何が・・・、これは幸い?災い?

県立自然史博物館に出向していた教員が急にもう一年延長になったため、突然、欠員ができたらしい。 しかし、すごいタイミングでカネの無心をしたものだ・・・。 3日後、彼の勤める高校へ面接に行った。 電車の車窓からしだいに町並みが消える、そのうち田畑もきえる、山と渓谷しか見えない。
いったいどこまで行くんだぁ〜・・・しかし、忽然と町が現れた。 山間の高校、それも女子高である。 2週間後、教壇にたっていた。 こんな理由で職についたものに教えられる生徒はたまったもんじゃない。 非常勤だが週18枠の授業、これだけこなせば、給料月額は常勤初任給とかわらない。

最初の授業。 面接に行った時に、職員室でやたらと騒がしく先生たちに絡んでいた女生徒が最前列にいる・・・こいつは要注意だ!・・・ずっと目配りしながら授業を進めていた。 数日して「先生、やぁ(というニックネームだった)のことばかり見るないなぁ。みんな、先生が、やぁに気があるって言ってるでぇ」
恋していたわけではない、恐かっただけだ。 彼女の名誉のために付け加えておくと、その実態は進学クラスのリーダー的存在の優等生であった(騒がしいのが玉にキズ)。 彼女ももう四十近い。

担当科目は生物。 理科というのは物・化・生・地、それぞれ準備室がある。 教員は準備室にも机を置き、ちょっとした研究室状態になっている。 「研究をしている、という姿を生徒に見せなさい」との教頭の方針だったようだ。 ここで優雅に顕微鏡でも覗きながら過ごすはずだった・・・

山間の学校ゆえ、生徒たちは電車・バスの時間待ちがある。 準備室が放課後は時間調整の待合室と化し、「ご贔屓」の生徒たちのグループに、入れ替わり立ち代り占拠される。
キャンデー缶などキープする奴らもいる。 他のグループが勝手に食っちゃったりした時には大騒ぎである。 来てくれることは、一教員としてはたいへん喜ばしいことでもあるのだが。

この準備室、片側一列に教室が並ぶ長い廊下を隔てて、職員室とは反対側にある。 休み時間に職員室まで移動しようとすると、廊下に溢れたガキンチョ、もとい、女生徒たちから、ほんの一握りの黄色い声とともに大量の罵声(や、時にはモノ!)が飛んでくる。
 「あいつ、いやなんなぁ〜」「キャーキャーセンセー(含:誉め殺し)」若い男性教員はほとんどオモチャ状態である。 女は恐い。 それで休み時間中は準備室で「灯火管制」をしきながら息を殺し、授業時間が始まってから、物理・化学・生物の3人(物理が件の同級生、地学のみ年配の人であった)で卑怯にも?堂々!と職員室へ向けて行進する。

駅前にある小ぢんまりとしたレストラン。 昔ながらの手作り洋食がおいしく(ポークピカタが絶品!)、職人気質のマスターが気持ち良い。 でも、ちょっと(本人曰く)顔が恐い。 マスターが立つ前のカウンターの上に大きな壷が一つおいてある。 ドアを開けた客が顔を見て逃げ出すので、入り口から顔が見えないように置いてあるのだそうな。
ある日、閉店時刻間際に駆け込んだとき「こんな時間にくるとは良い度胸してるじゃねぇか」、しばらく待っていると「残りもの全部食っていけ」と丼に山盛りのご飯が出てきた。

所変れば花火も変る。 ここの花火は真冬の花火。 それも町のど真ん中で上げる。 海辺でもなければ河川敷でもない。 今の金沢でいえば金沢城公園で打ち上げているようなものである。 さすが日本三大夜祭、伝統のなせる超法規的措置というべきか・・・。

若い教員が多く、騒がしくも可愛い生徒たち、町の人たちも人情厚く充実した楽しい日々を送った。 空気が澄んでいて星がとてもきれいである。 毎日、若手教員たちで夜遅くまで教材研究をし、一杯呑んで、ひんやりと澄んだ星空を眺めながら帰った。 ちょうどこの年はハレー彗星の年でもあった(これは期待はずれであったが)。

山というのはやっぱり気持ち良い。 非常勤なので授業のある時間以外は自由である。 天気の良い日には、空き時間に単車で山に出かけた。 ま、そもそもはじめから山にいるようなもの。 毎日がピクニック気分である。 しかし、晴れた昼間にノンキに単車走らせている場合ではなかった!

そう、ここは山、それも日本有数の石灰岩地帯である。 つまり何が言いたいかというとですねえ〜 いっぱいいるのですよ! ウッジャウジャいたはずなのですよ! カッタッツッムッリッ!が! さすがに本人も20年後にカタツムリに熱中しているとは思いもよらない。 痛恨・・・

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