近藤 嗣紀
相当古いが手入れは行き届いている格子窓のガラス越しに、たっぷり人を詰め込んだ京浜東北線の209系が見える。
(・・・あの車内に比べてここの快適なこと。)そんなことを思うと酒がさらに旨く感じてしまう。
「杉本さん、おかわりください。」
杉本さんはウィスキーのコルクを抜き、グラスに氷を1個追加し、ドボドボ注いでくれた。
(・・・なんてたっぷりなんだ。)
杉本さんはメジャーカップを使わない。
『量が少ないと怒る酒呑みはいるが、量が多くて怒る酒呑みはいない』という強い信念があるからなのだ。
以前カウンター内で共に仕事をしていた樫本氏はメジャーカップを使用したところ、
『お前、ケチだなあ。自分の酒でもないのに。』
と云われたそうである。
ちなみにシングルはグラスの先端に届かない程度であり、ダブルは表面張力となる。
東京ステーションホテルメインバー「カメリア」。
杉本さんと半世紀近く歴史をともにしてきたであろうこのバーは、東京駅赤レンガ駅舎改築プロジェクトの為、平成18年3月末日をもって閉店した。
赤レンガは5年後リニューアルオープンするのだが、「カメリア」がどうなるかは決まっていないようだ。
自分にとって乗換駅である東京駅において「カメリア」は隠れ家であり、ON/OFF切り替えの時間を過ごす唯一の場所だった。
ふと振り返れば、10年通っていた。
杉本さんは現在、銀座千疋屋地下のバー「銀座ミリュー」でフルーツカクテルを中心に仕事をされている。
先日寄ってウィスキーを注文したところ、「カメリア」より大ぶりのグラスであるにもかかわらず、ドボドボと注いでくれた。