ヤミヨのカラス
1.老舗の店”ザ パブ”
この国(T国)にはロブロイがない。
至極当たり前の事であるが”雰囲気を楽しめる飲み屋が数えるほどもない。”と、言いたいのである。
また、この街にはレストランやバーは山ほどあるが、一概にうるさい。
”会話なんて無くてエエやん!ハヨ飲んでハヨ、プッツンしなさい!”が、ここのやり方である。
”ザ パブ”はそんな中でも雰囲気が楽しめる店でどことなくロブロイに似ている。
マスターはドイツ系白人のおっさんでグラスを持つ手が震え少々アル中気味。ママは美人の現地人でマスターの奥さん。
2人のかわいいミニスカのウエイトレスが接客をし、白人中心の客がのんびりと会話を楽しんでいる。
流行ってスグ消えていく店が多いT国では中々の老舗である。
そんな店で変な話が始まった。2002年の11月の話である。
2.この国の政策
カラス: クロウ、もう一杯!
ママ : もー!あんたが来ると、うちのボトル、一晩で無くなるわ!
カ:ええヤン!ところで、この頃タバコ吸えんレストランやバーが増えたねー。
マ:そうよ!ここの政府がエアコンのある公共の場所では吸えなくしたのよ。
カ:なにー、そんじゃシンガポールと変わらんやんか!
マ:そーよ!うちの首相がね!国のイメージ改善のために、そんな法律を設けたのよ!
吸った人は2千ボート(約6千円)の罰金。吸わせた店は2万ボート(約6万円)の罰金。2万ボートよ!!
でも、うちはエアコン無いから吸っていいわ。
因みにこの首相とは、この街生まれで呉服屋のボンボンでもある。
賄賂疑惑をすり抜けながらの、しぶとい首相で、以降タクちゃんと呼ばせてもらう。
3.撲滅キャンペーン
マ:それから知ってる?麻薬の売人が今年で1000人以上殺されてんのよ!
カ:なんじゃそれ!?
マ:タクちゃんがね、麻薬撲滅キャンペーンやってんの。
カ:それで何で売人が殺されるんや?
マ:オマワリよ!アイツら今まで売人のウワマエはねてたくせに、自分の身が危なくなって売人を殺してんのよ!
カ:ゲッ!そこまでやっとんのか!ここのオマワリは!!!!
4.懸賞金
回りの客はそろそろ帰りだし、ウェイトレス達も店じまいを始めだした。
ドイツ人のマスターは客からおごってもらった酒をちびちびやり、いかにもアル中だと言わんばかりに赤ら顔でうれしそうだ。
いくらノンベエでもロブロイストの面子にかけて、酒に飲まれるノンベエにはなりたくない。
ママはマスターほったらかしで続ける。
マ:今ね!タクちゃんが殺し屋に狙われてんのよ!
カ:なんでやねん!?
マ:だって、これだけキャンペーン張られたらマフィアも干上がってしまうでしょ。
そんでシンジケートが、タクちゃんに懸賞金をかけたのよ。8千万ボートだって。
カ:ぬぁにーー!!!はっしぇんまんボートと言えば日本円に直すと約2億4千万円。
日本人にとっても十分な大金で、この国の住人なら親戚縁者が一生遊んで暮らせる額である。
マ:この国全土にPRしてるって!それにここだけじゃないわ。隣のM国、R国、C国のマフィアも賭けてるそうよ。
ママは鼻を膨らませ、得意げに話した。
この国でカッコつけると、こんなハメに陥る。あわれタクちゃん。命を張って、どこまで頑張れるか。。。。。
5.酔って候
時計は0時を過ぎ、酔いも結構回ってきた。遅めに入ってきた白人を見て帰ることにする。
店の前の薄暗い駐車場の車に乗り込んでバックさせたとたん、
ガリガリッ!ベキッ!
”な、 な、 なんや!ヒットマンか!”
外へ出てみると車の左側に止めてあったバイクのステップが前輪のフェンダーに引っかかりバンパーの側面を引き剥がしていた。
バイクは、さっき入ってきた白人が止めてったらしい。
文句を言おうと思ったが、どうせ、この車は会社から借りているもの。修理を頼めば保険で全部直してくれる。
惚れて買ったモンでもないし白人に食って掛かったところで話しが通じるわけでもない。
それにここは車が整備不良であろうが、ヘベレケに酔ってようが、とやかく言う国じゃない。
”早よ、かえろ”
嫁さんの顔だけが、ちらついた。