ヤミヨのカラス
【企業のコンプライアンス】
幼馴染の歯医者から差し歯について説明を受けた。
差し歯には、ピンキリがある。
安価なものは保険適用品だ。
プラスチック製で時間がたてば変色してきて黄色くなる。一本数千円程度から。
かたや保険適用外はセラミックス製で変色することはないが、一本4万から8万円ほどで値段は張る。
たまたま引っ越しで負った怪我だ。
そうだ!セラミックスでキラリと光る男前だ!と心の中で決めていた。
が、翌日、弟から今回の事故における交渉は断られた。
と電話連絡を受ける。
依頼者が勝手に集めた応援者は、事故ったとしても保険の対象から外れる。残念ですが応じられませんと体よく断れたそうだ。。。。。
今ならカップ麺に虫が入っていたことでインターネットが炎上し企業が操業停止になるほどの時代である。
しかし、1997年と言えば、インターネットは普及し始めたころではあるが、PCでのメールのやり取りは出来たとはいえ、ツイッター、FACEBOOKなどあるはずもない。
ヤフーJAPANでさえ設立は1996年1月である。
また、当時、企業の法令遵守や企業の社会責任などの言葉すらなく、まだ消費者が弱者の時代でもあった。
仮に雇い主である弟が同じ目にあったとしても、うまく言いくるめられたかもしれない。
泣き寝入りさせられてたまるか!
3本ほど神経が切れた。
【コタツの脚 事件簿】
当時、小生は福井県の片田舎の事業所で働いていたが、倉庫の責任者が辞めたため、その職務も兼任していた。
倉庫管理は、搬入、出荷業務が主で当然ながら運送業者との繋がりは深い。
主に自社便を使うが、緊急の部材調達や、得意先への出荷の場合は、一般の運送業者を使う。
輸送代も、いくつも点在する関係会社を合わせれば年間で数千万円から億の規模があり、それを複数の輸送業者が如何に安い見積もりでシェアを獲得するか、しのぎを削っていた。
もちろん、歯を吹っ飛ばしてくれた運送業者には大変お世話になっている。
当時の企業間のやり取りは、まだEメールではなくFAXが主流であった。
その運送業者の金沢支店にFAXを1枚送る。
“お世話になり、大変ありがとうございます。物流担当のカラスと申します。先日、弟が依頼した引っ越しの際、怪我を負った当事者です。つきましては、お話を伺わせて頂きたいのでご連絡ください。”
こんな感じで、会社の名前と連絡先が印刷された用紙を使って送信させてもらった。
この1枚を送ったことで、個人vs運送業者から企業依頼主vs運送業者との構図となる。
ただ、運が悪ければ会社の公文書を利用して、運送業者をゆすった事件になる可能性だってある。
向こうが、どう出てくるかは分からなかったが、小生は、イチルの可能性に賭けていた。
そして翌日午後1時過ぎ。
デスクの電話が鳴り、面会したい者がいる。との連絡が入る。
突然の呼び出しに戸惑ったが応接室に入ると、担当者の上司だと言う人物が、小生に深々と頭を下げていたのである。
しかもテーブルの上には、菓子箱が縦横寸分たがわずキチッと置かれていた。
“取引のある福井支社に所在地を確認して、速攻で飛んできた。損害に関しては担当者が勝手にした判断なので、本当に申し訳ありませんでした。会社としてはできるだけのことをさせていただきますぅ。”
と、その管理職の男は一気に喋った。
【トラ!トラ!トラ!】
向こうの態度から見て小生の“FAX奇襲攻撃”はドンピシャだった。
と、言うのも何のことは無い。
送信したFAX用紙が担当者に届くには、必ず誰かの目に晒される。という経験則だ。
個人のパソコンに送られるEメールのように、もみ消すことはできない。
本当の顛末は知らないが。。。。。
例えば別のFAXを取りに行った上司が、“チミ!この件はいったいなんだね?!”ということも考えられる。
もしくは、FAXを配る役を授かったオフィスレディは各部署にいて、受信した沢山のFAXを各担当者に配る。
すると用紙に記された担当者の名前を探すと同時に厭でも内容が目に入るのである。
会社にとってまずい内容が書かれてあれば、“××さん。この件,大丈夫?”などと一言添えられて配られる。
そして、オフィスレディは、仲良し女子会に “私は知っている。本日のニュース!これから起こる××さんのヒゲキー!”として、昼食前には完全に広まってしまうのである。
その流れを知っている××さんは、一瞬オフィスレディに強がってみるものの、内心動揺する。
“自分から上司に報告するべきか?しかし、あんな安い引っ越しに、慰謝料を払うと大赤字だ。
既に雇い主へは拒否してしまったんだし、黙っていよう。“
と強気に考えてみるものの、一方で弱気の虫が顔をもたげてくる。。
“でも、ホウレンソウは、日頃から口酸っぱく言われているし、黙っていたとしても、向こうから直接電話掛かってきて上司の耳にでも入ったら一大事やんか!”
更に、
“慰謝料もそうやけど、言わんかったこと自体を咎められて、ボーナスはダウンだ!最悪、山奥の支店に飛ばされる。そしたら片町のロブロイで飲めなくなるやんか!せっかくギターの練習、始めたのに!あー!どうしよう。どうしよう。どうしよう。。。。。“
ソステ。。。
その××さんはフラフラと上司に報告し、迷った上司から報告を受けた金沢支店のトップは
“ぬあにぃー!あの得意先の物流担当者の歯を、下請けのアルバイトがコタツの脚で折っただとぉー?誰が責任とんねん!ソッコーで謝ってこんかい!!担当の××じゃ役不足じゃ!上司の課長のお前が行ってこんかい!”
と、企業の社会的責任などそっちのけで、“うわさが広がって売上ダウン!”もしくは、“うちの暖簾に傷が付く!”と言う浪花節の世界と、“自分が可愛い”という上司の主観で動いてしまうのである。
“あの得意先の”が肝である。
完全に敵を見失っている。
【差し歯の値段】
“バヒトのてはらどひだひたコタスのアヒで、うひところがふぁるかったら、ひんだかもひれないんでひゅよ!しゃひはつぼうひを、ひっかりひてくらはい!”
訳:バイトの手から飛び出したコタツの脚で、打ち所が悪かったら、死んだかも知れないんですよ!再発防止をしっかりしてください!“
まだ仮の差し歯でロレツが回らず、内容が分かってもらえたかは別として、その運輸業者は下を向いて神妙に聞いているふりをしながら、顔を真っ赤にして笑いをこらえていた。
何を言っても、“申し訳ありません“だ。
対策書のタの字も出てこない。
“なにとぞご希望を言ってください。平に、平に、ご容赦を。。。。。”
である。。。。。
らちが明かないので、その場は一旦帰ってもらい、幼馴染の歯医者に相談する。
全ての成り行きを理解してくれたその幼馴染の歯医者は、電話口であっさりと
“そりゃ一番高いやつを入れるしかないな。セラミックで作るわ!全部で30万円はかかるぞ。グフフフ”
と笑った。
早速、見積もりを作成してもらい、歯医者の振込口座を記入してFAXする。
数日後、“本当にセラミックの差し歯を入れたのか?やすく上げていないでしょうね?”の確認もなく、その金額はすんなり口座に振り込まれた。
運送業者の取引減少は食い止められ、歯医者はもうかり、小生はセラミックスのキラリ男。
これぞ、近江商人の真髄“三方良し”である。
なんのこっちゃ。
続く
<ロブロイストの日々> 毎・月始め更新いたします。