ヤミヨのカラス
【恥ずかしい話】
“いっ! いっ!てぇーーー!!!!”
会社帰りに同僚と暖簾をくぐり一杯ひっかけた。
会社のある駅から一駅目で下車し、15分ほど歩けばアパートに到着する。
途中、沿線の横に小さな公園がある。
その公園には、コンクリートで出来た長方形のブロックを組み合わせた噴水の出る小さな池がある。
池の周りには、背もたれもない、鉄線で編んだ幅15センチ、長さ1メートルの腰掛が、その池を囲むように、いくつもおかれている。
枝ぶりの良い桜の木が一本。
春には腰掛けながら桜を愛でられる公園だが、12月初旬の寒空の下では誰もおらず、池に水は張られていない。
JR京都線の電車でも眺めながら酔いを覚まそうと、タバコに火をつける。
そして、その腰掛に座ろうとした時、腰掛の幅を考慮しなかったせいか、そのまま池へ向かって背中からひっくり返った。
冒頭の悲鳴は、その時のものだ。
幸いコンクリの角に後頭部を打つのは避けられたが、シタタカ腰を打ってしまった。
周りで見ていた人もいたか、と思い、腰をさすりながら、その晩はとっとと逃げ帰った。
ただ、タバコを放りださなかったマナーの良さには、ジェントルマンと呼ばれて十分だろう。
2009年.春まだ近からずの話である。
【送別会】
その翌日の晩は、我が商品部長の定年退職の送別会があった。
その部長とは、福井県時代から20年以上お世話になった人で参加者40名以上。
彼らも気心の知れた奴らばかりだ。
昨晩の“仰向けひっくり返り腰打撲事件”を反省し、“今日は自重だ!”と心に決める。
宴の会場は古びた割烹の2階。
飲み放題2時間ではあるものの、今どきの“空いたグラス交換の上、次のオーダーをお持ち致します”ではなく、
そこには、焼酎、日本酒などの4合瓶のボトルがボンボンおかれ、
“さぁー!好きなだけジャンジャンやっとくなはれ!ボトル無くなっても、まだまだ出しまっせぇ!”
と言う太っ腹な店だ。(単に人手が足りなかったのかもしれない。)
小生の周りには、1回目のタイ駐在時代に同じ釜のタイ飯を食った仲間が集まった。
今朝の“自重だ!“は、どこへやら。
話が盛り上がり、メートルは高くなる。
ラスト10分となり、部長の挨拶が始まるころ、前に座っていたYの様子がおかしい。
Yとは、小生と同年代でタイでは3年ほど苦楽をともにし、奥様どうしで家族ぐるみの付き合いの仲だ。
同じ駅からアパートも近い。
Yの酒量は、いわゆるザル。
突然、自虐的な突拍子のない話をしながら、エヘラエヘラと、後ろにいた設計課長に絡みだし、“こいつ変やぞ!”と言い出す始末。
【まぼろしだったのか?】
その場は無事にお開きとなりYと二人帰路につく。
電車の中で昨晩の“腰打撲事件”の話をすると、異常なほどに受けたYは、“現場を見に行こう!”と言う。
どうせ帰り道の途中なので断る理由もない。
が、しかし、その公園の池に辿り着いた時、我が目を疑った。
昨晩、こけたその場所に、あの腰掛は無く、小生がひっくり返った場所から2mほど離れたところから腰掛は設置されている。
多分、今日の昼に、この場所の腰掛は何らかの理由があって撤去されたんやろうと思い、地面に四つん這いになり、
その場所を確かめたが、芝生は、前から、そのまんまの状態で生えており、掘り返した痕跡は全くない。
どうやら、腰掛があると自分勝手に思いこみ、ひっくり返っただけの話で、とんだ不覚だったことを思い知る。
と、言うか、昨晩の小生は、ゴジラ級の酔っ払いだったのか?!と、地面を見つめながら茫然としていると、Yの、はしゃいだ声が聞こえた。
“どや!こんなんか!?こんなんか!?”
ふと、顔をあげるとそいつは自ら、空の池に入り込み仰向けで、はしゃいでいた。
しかも、酔いが回ったのか、起き上がれず、バタバタもがく度に、コンクリの角に後頭部や背中をガンガンぶつけている。
自力で抜け出せなくなっているようで、腰は痛いけれど、しょうが無く腕を引っ張り上げ、無理やり起こし公園を去った。
歩道は2人並ぶには十分な幅はなく、異常に陽気なYを前に歩かせ、後ろからついていく。
と、突然Yは、歩道を踏み外し、そして飛び魚のごとく、腕を腰に垂直に伸ばしたまま、顔面から道路にダイビングした。
“あぁーーーっ!歯ぁ折れたぁー! ”と、思った。
顔面を強打したYはそのまま動かない。
“大丈夫かぁ?!”と引き起こし、歩道に戻した間際、2台の車が通り過ぎていった。
2台目はいつも駅に向かう通勤バス。
間一髪セーフ!
Yの顔を見ると。。。。歯も欠けておらず、鼻も潰れておらず、ちょっと驚いて“目が点“状態だが、相も変わらずエヘラ顔。
また、こけるかも知れないので、肩を支えて歩くことにする。
そこに一台の車が近づき窓を開け、ヤンキー風の兄ちゃんが不振な顔をして覗き込んできた。
“大丈夫すっかぁ?”と小生に聞くもののYを突き飛ばした“殺人未遂犯”を見るような眼で小生の様子を伺う。
どうやらさっき顔面ダイブしたのを見た直前に、通り過ぎた、そのヤンキーが、事件性を感じ引き返してきたようだ。
(普通、後ろから突き飛ばさんと、あんなこけ方。せんわなぁ。)
しつこく、ついてきたが、そのヤンキーは、Yのエヘラ顔を見、“ただの酔っ払いか”と言う感じで去って行った。
とにかく、彼のアパートの近くまで連れて行き、部屋に着いたら携帯入れるよう念を押したが、こちらからかけても反応もなく、小生も寝入ってしまった。
【ゲコの成せるワザ】
翌日朝。
Yは喫煙室でタバコを吹かしていた。
目が合うと“痛いよぉー 全身痛いよぉー”と泣き言を漏らす。
顔を見ると、顔面ダイブの衝撃を“顎”で受けたらしく、アスファルトの路面で引っかいた擦り傷が痛々しい。
全身の痛みは、コンクリの空池での打撲であろう。
“なんで、あんなに酔っ払ったんや?死ぬとこやったんやぞ”と自分の失態は棚に上げての説教だ。
Yは“飲んでも、飲んでもコップから酒が無くならなかった。”と言う。
“誰がついでたんや?”
Y曰く“そう言えば横にSがいた。”
Sとは、元タイ駐在仲間で、几帳面な男だ。
愛想は良いが酒は飲めない。
いわゆるゲコである。
喫煙後、Sの席に行き確認したところによると、お開き30分ほど前、ちょっとしか飲まれていない酒瓶を数本見つけた。
もったいないので、すぐ空になるYのグラスにひたすら注いだ。
と、当然の義務のように答えた。
Yはザルである。
が、以前、誰かがいたずらで酒の代わりに水を入れて渡してもYは、気がつかずに嬉しそうに飲んでいた。
酔いが回ると酒の味が分からなくなる伝説の持ち主。
そりゃ、ストレートの焼酎でも、分からんはずやわなぁ。
ゲコの成せるワザここにあり。。。。
ロブロイストの皆さぁーん。
酒を楽しむ時は、周りにゲコが潜んでいないか十分ご注意を!
ロブロイの階段から顔面ダイブは洒落になりませんよぉ!
終わり。