さて・・・看板を消し、グラスを洗い、といってもヒマな店だ大した量じゃない。
その日使ったコースターをカウンターの上へ並べる。
そして少ない伝票をバッグに仕舞い、タイをはずす。やがて深夜は三時になる。バーテンは「フーッ」と一息つくと、
他に誰もいないにもかかわらず、ロックグラスをふたつカウンターに置くと、大きめの氷をそれぞれ入れ、
ウィスキーをドボドボッと無造作に注ぐ。そしてカウンターから出ると椅子に掛け、グラスをゆっくり口に運ぶ。
・・・今日はサブローの命日だった・・・
ある日しばらく顔を見せなかったサブローがやって来た。珍しくシラフである。いつもの椅子に掛けると、
「おいソメ、一緒にやらねーか」
と言ってスコッチ・ウィスキーのポケット・ビンをカウンターの上へトンと置く。
ポケットビンといってもハーフボトルだ、そこそこの量である。
「ウィスキー持込じゃあ商売にならないが」とバーテンは言いつつ、ショット・グラスをふたつ置く。
彼はぶっきらぼうにキャップをグイと抜くと、ドクドクッと溢れんばかりに注ぐ。
そして
「お前も飲れ」
と言いながら、一気にグイとあおる。バーテンはグラスに彼のウィスキーを注ぎながら、
「どうした」と聞くと、
「最近の土曜は深夜映画はやってねえんだなあ?」
「フ〜ン」
そういえばバーテンも最近やっているのか、いないのかハッキリしない。
とりあえず見たかった映画の最終時間に間に合わなかったらしい。
そういえば以前サブローと二人で、ジャズコンサートを見に行った。
ギターとベースのデュオだったと思うが何曲目かが始まろうとする頃だった。
「おいソメ、これを飲れ」と言ってジャンパーの中からゴソゴソッとウィスキーのポケットビンを取り出す。
そして自分が先にグビグビッと飲ってバーテンに渡し、フーと一息おいて、
「ジャズなんてシラフじゃあ聴けネエよ」
と言っていた。
・・・話は元へ戻る・・・
「どうせならいつものバーボンにしなよ」
と、バーテンが言うと、
「今日の映画はスコッチの方がいいんだよ」
と言う。
なんの映画だ、と聞いてみると
「そんなもの照れくさくて言えるか!」
「なるほど」
バーテンは頷いた。そのころ名画座としてミニシアターが香林坊に出来た。ちょっと昔の映画でも見に行こうとしたのだろう。
その時は珍しく最後までスコッチで通した。バーボンしか飲まないと思っていたが、
スコッチを飲まなくなった理由が彼の中にあるのかもしれない、が今となっては分かりようもない。
バーテンはカウンターでひとり、飲み手の居ないグラスを見つめながら
「生きていたら五十六の筈だ、今頃天国で『映画なんてシラフじゃ見れねえよ』とぶつぶつ言いながら、飲っているだろう」
と思いながら、バーテンは自分のグラスを空けると、サブローのグラスを手に取り、一気に空けた。