・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(C)2003
Somekawa & vafirs

映画なんてシラフじゃ、見れねえよ

さて・・・看板を消し、グラスを洗い、といってもヒマな店だ大した量じゃない。 その日使ったコースターをカウンターの上へ並べる。 そして少ない伝票をバッグに仕舞い、タイをはずす。やがて深夜は三時になる。バーテンは「フーッ」と一息つくと、 他に誰もいないにもかかわらず、ロックグラスをふたつカウンターに置くと、大きめの氷をそれぞれ入れ、 ウィスキーをドボドボッと無造作に注ぐ。そしてカウンターから出ると椅子に掛け、グラスをゆっくり口に運ぶ。

・・・今日はサブローの命日だった・・・

ある日しばらく顔を見せなかったサブローがやって来た。珍しくシラフである。いつもの椅子に掛けると、

 「おいソメ、一緒にやらねーか」
と言ってスコッチ・ウィスキーのポケット・ビンをカウンターの上へトンと置く。 ポケットビンといってもハーフボトルだ、そこそこの量である。

 「ウィスキー持込じゃあ商売にならないが」とバーテンは言いつつ、ショット・グラスをふたつ置く。 彼はぶっきらぼうにキャップをグイと抜くと、ドクドクッと溢れんばかりに注ぐ。 そして
 「お前も飲れ」
と言いながら、一気にグイとあおる。バーテンはグラスに彼のウィスキーを注ぎながら、

 「どうした」と聞くと、
 「最近の土曜は深夜映画はやってねえんだなあ?」
 「フ〜ン」
そういえばバーテンも最近やっているのか、いないのかハッキリしない。 とりあえず見たかった映画の最終時間に間に合わなかったらしい。

そういえば以前サブローと二人で、ジャズコンサートを見に行った。 ギターとベースのデュオだったと思うが何曲目かが始まろうとする頃だった。

 「おいソメ、これを飲れ」と言ってジャンパーの中からゴソゴソッとウィスキーのポケットビンを取り出す。 そして自分が先にグビグビッと飲ってバーテンに渡し、フーと一息おいて、

 「ジャズなんてシラフじゃあ聴けネエよ」
と言っていた。

 ・・・話は元へ戻る・・・

 「どうせならいつものバーボンにしなよ」
と、バーテンが言うと、
 「今日の映画はスコッチの方がいいんだよ」
と言う。

なんの映画だ、と聞いてみると
 「そんなもの照れくさくて言えるか!」
 「なるほど」
バーテンは頷いた。そのころ名画座としてミニシアターが香林坊に出来た。ちょっと昔の映画でも見に行こうとしたのだろう。 その時は珍しく最後までスコッチで通した。バーボンしか飲まないと思っていたが、 スコッチを飲まなくなった理由が彼の中にあるのかもしれない、が今となっては分かりようもない。

バーテンはカウンターでひとり、飲み手の居ないグラスを見つめながら 「生きていたら五十六の筈だ、今頃天国で『映画なんてシラフじゃ見れねえよ』とぶつぶつ言いながら、飲っているだろう」 と思いながら、バーテンは自分のグラスを空けると、サブローのグラスを手に取り、一気に空けた。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。