以前にも書いたことがあるのだが、小さいビルの二階にある我が店の階段は狭くて急である。
お客さんは、「上がるのは根性で上がれるが、降りるときは、怖い」とよく言われる。
帰りは酒が入り、おぼつかない足取りゆえ尚更であろう。
とはいえ実際のところ、そんなに事故があったわけではない。
何年か前のことになる。
名古屋からの出張だという二人連れの中年男子。
金沢でいい営業になった。ということで「今日の酒は美味い」と言いつつ、小気味よくバーボンのオンザロックを空けながら「お代り」が続いた。
二人ともそれなりに酒が回ってきたようである。
言葉も怪しくなったところで「お勘定」となった。
一人の方がハイヨ、といいながら財布を出している間に、もう一人の方は先にドアを開け、階段を下りて行った。
僕は大丈夫かな?・・・と思った瞬間「オオーッ!!」という声と同時に「ガシャガシャー、フンギュウー、アウー!!」という声なのか、音なのか???
急いで見てみると、階段を下の道路へ向かって落ちていた。
助け起こすと、右手の腕時計ははずれ、血が滲み、落ちた姿態から頭も打っているはずだが、見る限り、おでこを軽く擦った程度のようだ。
もう一人のお客様と念ために救急車を呼びましょう、という事になり、店を閉め、病院へ僕も付き添って行った。
幸い異常はないということ。やれやれであった。
次の日名古屋へ帰られたとの事。
後日また出張だと言って店に来られたのであるが「先日は迷惑かけました」と言って菓子折を頂いてしまった。
僕の方が恐縮してしまった。
とまあ、これが一例である。
もう一例ある。
これはなんと「僕自身」という何とも情けない話である。
ある日のこと、常連のF氏と調子よく飲み、閉店時間となり、F氏が先に階段を降りた。
後からカギを掛け僕も降り出した。
あと3〜4段というところで踏み外し、そのまま前のめりに道路へダイビングくしてしまった。
幸い顔も打たず、柔道の受け身のように道路に転がったのであるが、聞き手の右手が痛い。
取りあえず帰って寝た。
朝起きるとパンパンに手首が腫れている。
近くの外科に行くとしっかり折れていた。
とうぜんギブスをはめながらの仕事という、情けない姿がしばらく続いた。
という事で意外に、あるようでない。
だが、「オットットー」という声はよく聞こえてくる。
まだある。実に情けない僕の話をもうひとつ。
ある日常連のA氏と閉店時間となり、一軒飲みに行こうとなり、焼き鳥横丁へいった。
A氏の奢り、ということでいやしい僕は、飲まにゃ〜損とばかりに、焼酎をたらふく飲んだ。
いやしい根性を持つと碌な事がない。
朝方我が家についた。
ふらふらしながらドアに鍵を差し込もうとするが、目の焦点が定まらない。
そのうちにどこかに頭を打ったような気はするが、今はカギ穴の方が大事である。
なんとか家の中に入れた。
そしてそのまま二階のねぐらへ、すぐにグーグー。
昼ごろ嫁さんが起こしにくると、半分悲鳴を上げた。
枕が血だらけだったのである。
平和でバカな酔っ払いであった。
このバカな酔っ払いはどうにかならんもんかと思うが、我ながらみっともなく、恥ずかしい。
やっぱり酔っ払いは、死ななきゃ治らないのかもしれない。
昨年は12月のことである。
昔の常連、今は県外に居るK氏が久しぶりに飲みに来てくれた。
ボトルを入れ、数年ぶりのことグラスはすすむし話もすすむ。
僕も遠慮なく頂く。
ほどよく酔ったところで、「昔よく行ったある店に顔を出してくる。また帰ってくる」と言いながら出て行った。
しばらくして帰ってくるとまた飲みだした。
やがて今日入れたボトルも無くなりそうなところで、そろそろホテルへ、と、帰って行った。
折りしも外は雪が降っていた。
階段も無事下りられたようである。
するとほんの数分も経っただろうか、彼はまた店に入ってきた。
がその姿を見て僕はびっくり、額から顔にかけて血を流している。
どうやら雪の路面で足を滑らし、しこたま顔を打ったらしい。
ぬれタオルで顔を拭いてみると、血の量にしては傷はそんなに深くないようである。
用意してあった傷バンを三枚ほど貼ると、僕は彼に言った。
「酒飲みは、顔から血を流しながら飲むぐらいでないと一人前の《呑ん兵衛》とはいえない」というと彼も「なるほど・そりゃそうだ」とうなずいたが、
お互いにニヤッとしながらこの屁理屈に、なんの説得力もない事はよ〜く知っている。
皆さま、酒は血を流さない程度に呑みましょう。