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(C)2003
Somekawa & vafirs

年に一度の男

酒場には色んな人がやって来る。老若男女はもちろん犬に猫(これは同伴)閑古鳥など勝手にやってきてはよく鳴いている。

今から七〜八年まえになるだろうか、彼はやってきた。ゆっくり周りをながめ、そしてボトル棚をみながら、

 「バーボンのオン・ザ・ロック、ダブルで、そうだなあターキーの十二年物にしようか」

と始まり、グラスをゆっくり口に運びながら酒の話しである。 バーボンはもちろんワインにシェリー酒、テキーラからラム、グラッパまで至る。 実にひとつひとつの造詣(けい)が深いのである。そして話しをしながら、なぜかバッグからトランプカードを取り出した。

 「実はおれマジックが得意なんだよ」

と言いながら、シュルシュルシュルー、パラパラパラーパチンと実に鮮やかな手さばき。 そして彼の手と指の中でカードが飛んだり消えたりしている。 やがて、はい一枚取って〜、はい好きなところへ入れて〜 僕はただ言われるがまま感心するばかりである。 それから何杯かのオカワリの後、

 「来年また来るよ、たぶんね」と言って彼は帰っていった。

次の年、彼の言葉どおり来てくれた。

 「久しぶり、きょうはジョニー・ドラムの十五年もらおうか そうだ喉渇いているからチェイサーにビール」

と、相変わらず粋に始まる。さて今度はというと、彼の口から出た話は文学である。 ドストエフスキーに始まり、ニーチェ、夏目漱石、三島由紀夫とくる。 僕はやっぱりただ感心するばかりである。前も聞いたが名前も名乗らない。そして、

 「来年また来る」と言って帰っていった。

次の年「来たよ」と言って彼はやって来た。

 「今日はスコッチのモルトをもらおうか。そうだなあグレン・リベットの十六年物いこうかストレートで」

さて今日はどんな話が出るだろうと思っていると、

 「オレちょっと弾けるんだ」と言いながらギターを手にすると(店に何本かギターを置いている) 見事なラグタイムを弾いてくれる。ますます感心どころか(彼はプロだな)と内心思った。そして例の如く、

 「また来年だな」

年も変わり、僕は偶然さだまさしのコンサート・チケットを手にした。 会場に行ってみると、彼がさだまさしの横でギターを弾いているではないか。 もはやびっくりというより(なるほど)という思いで彼のギターを聴いていた。

さだまさしファンならよくご存知のツアー・バンド、亀山社中のギターリスト坂本昭二氏だったのである。 会場を後にして僕は店に向かう。「彼らしいな」と呟きながら。

しばらくして彼はやってきた。僕の方が先に、

 「いらっしゃい、坂本さん」
 「・・・・・なんだ、今日来てたのか」

それから数年後、二十年近く参加したツアーバンドを脱退されその後はソロギターリストとして活躍されている。

二年ほど前に「金沢でライブ出来ないかな」という電話があった。「やってみましょう」と僕は返事をした。

色んな人のちからもあり、コンサートは大成功に終わった。

相変わらず交流は続いているが、中央の仕事が多くなったせいか毎年のように、店でいい酒と、 楽しい会話を聞ける機会が少なくなった。僕としては寂しい限りではある。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。