ヤミヨのカラス
【CNX−KL】
2008年4月生産工場の管理ツールを標準化する為、タイとマレー工場の訪問を企画した。
2007年は中国工場を4カ月かけて導入し一定の成果を上げており、事業部の上層部からも“他工場にも、是非やってこい!”と背中を押されての出張だ。
世界の空港は全て空港コードを持っており、それを起点として旅程を作成する。
関空(KIX)→バンコク(BKK)→チェンマイ(CNX)と移動後、4日ほどタイ工場に留まる。
そこから、マレーシアはクアラルンプール(KL)に向かい、車で5時間かけてマレー工場の街イポに入るのであるが、ここで飛行ルートが2通りあることが分かった。
ひとつはCNXからBKKを経由してKLに向かうルート。もうひとつはCNXからKLへのダイレクトに行くルートだ。
前者のBKK経由はタイ航空が運航し、日本でいえばJALのような半国営の空港会社を使うので、安全度は高い。
しかし、BKKにてトランジットで数時間待たされ1日がかりの移動となる。値段は6万円ほど。
一方,後者のダイレクト便は、3時間半でKLに辿り着く。費用は1万円以下。
空港会社は、今年から成田に乗り入れることとなった格安航空会社の代表でもあるA/Aである。会社の経費削減にも繋がる。
A/Aとは、当初マレーの半国営会社であったが、経営破綻寸前となり、その役員が1リンギット(約30円)で買い取り格安航空会社(LCC)として、黒字化した航空会社である。
当時は日本では殆ど知られていない。
KLからイポまで更に車で5時間かかることを考えれば、もちろんA/Aのほうが疲れは少ないので、手配依頼をする。
しかしA/Aは、現地からしか、手配できないらしく、依頼したところ、工場長からは、“あの飛行機は危険だ!やめとけ!”と言われる。
すったもんだしたものの、最終的には本社の判断は、小職の命を心配してくれた現地をヨソに“経費削減大賛成!”の軍配を上げた。
【格安航空会社の経営方針】
タイチェンマイには3日ほど滞在し、新たな管理ツールの講義を開いたが、如何せん、20年の歴史を誇る、この会社のローカルメンバーも既に頭が固くなっているのか、今までのやり方を変えようとしない姿勢に苦慮した。
(自慢ではないが、以前、タイ工場で一緒に働いた、かつての部下たちは別の商品を生産する部署で、日本人抜きで業務が遂行できるようになっている。)
とにかく、次回訪問までの課題と宿題事項を残し、予定通りマレーに移動することとなった。
移動当日。
フライトは午前11時半の予定だったので、早めに空港に向かう。
現金はタイ通貨で、470バーツ(約1,500円弱)ほど残っていた。
昨夜のサヨナラパーティ(=もう来んなよパーティー)で寝不足と二日酔いも重なり、470バーツあれば、空港でブランチを取れるので朝飯は抜くこととした。
ところが。。。
チケットカウンターのチェックインでバゲッジを渡したときに、“重量オーバーです。”と言われ、追加料金を徴収される。
“なんでやねん!20キロも、いっとらんやろ!”とクレームをつけたところ、“うちとこは12キロまでや!アッチまで荷物送りたいんやったら、400バーツ払わんかい!”とカウンターパンチを食らった。
通常の航空会社の規定を覆し、金をむしりとって行く。
それが、格安航空会社の“経営方針”なのである。
残金は70バーツとなってしまった。
3時間半我慢すれば、着いた空港で日本円を現地通貨に換え飯を食うことに予定変更。
コンビニのレシートみたいな、チケットを受け取る。座席は全て自由席だ。どこに座ってもいいらしい。
出国手続きをとり、待合ロビーに入ると、待合ロビーには、チェンマイに観光に来て帰るのであろう、格安ツアーのマレー人らしき男どもが大勢固まっている。
ふと、掲示板に目をやると、“遅延約3時間!“の表示がされ、一瞬息を呑む。
”金がない。飯が食えん!“
如何せん、タイでは街中では20バーツもあれば、腹一杯になるほど食えるが、いったん空港に入ってしまうと、べらぼうに高くなる。
一品最低150バーツはいる。しかも5バーツの水でさえ70バーツのボッタクリだ。
とにかく、タイの工場に連絡を入れ、マレー側が手配する車の到着時刻を遅らせてもらい、後は、やることが無いので、PCでDVDを見て時間を潰すことにした。
出張が多いと何かと、こういう場面に遭遇する。
従って時間を潰す必須アイテムとしてPCにUSBでつなげるポータブルなDVDプレイヤーを持ち歩くようになった。
バッテリーが2個装着しており、10時間以上駆動するすぐれものの一品だ。
今回持ち込んだDVDは、中国出張の際に購入した、NHK大河ドラマ“利家とまつ”。
日本で買うと全編6万円ほどするが、中国のコピーものなら、20分の一以下の値段で買える。
これで、少しは空腹が紛らわせるであろう。
DVDは、唐沢寿明が扮する前田利家が、能登一国を与えられ、柴田勝家と羽柴秀吉(=豊臣秀吉)との間に挟まれているところから始める。
それに集中していると、どこからか良い臭いがしてきた。
ふと目を上げると、搭乗を待つマレー人たちは、待合室の売店でカップヌードルを食いだしている。
そう言えば。。。。国際空港なら、水のような安いものでも、カードで買えたはずだったことを思い出し、売店に行ってみたが。。。。既に、パン類も含め、それらは全て売り切れていた。
ふてくされて、なけなしの70バーツで水を購入し、気を紛らわすため、DVDに集中することにする。
が、しかし、このドラマは、食いモンや酒のシーンが多く、唾がわいてきて、どうしようもない。
【アイム ハングリー!そして、アングリー !】
タバコ休憩を挟みながらDVDも3本目に突入しようか、と言う時に、遅れた機体が、ランディングした。
ぞろぞろと、搭乗者が降り、もうすぐ搭乗だということで、最終のニコチンを吸収するために、喫煙所に向かう。
タバコを吸っていると、A/Aのキャビンクルーだと思われる男性が入室してきた。
目が合い“韓国人?”と声をかけられる。
日本人だ。と訂正した上で、“なんで3時間も遅れたんだ?”と質問した。
彼は、“へぇー!日本人?“と言う珍しい生き物を見るような顔をした後、溜息をつくように煙を吐き出しながら、“雨だ。”と短く答え、せわしなくタバコを吸い終え出て行った。
ようやく、搭乗が始まったが、いつものごとくギリギリまでニコチンの吸収に励み、最後に乗り込む。
機内は、ビジネスシートは無く、黒皮のバス席のようなシートが通路を挟んで3列づつきれいに並んでいる。間隔は狭い。
格安航空会社の“経営方針”なのだろうか、搭乗者は前から座らされているようで、最後に入った小生は3列独り占めだ。
搭乗率は8割程度。
そうしているうちに、先ほど喫煙室で会ったクルーが前列から入ってきた。
指でカチカチとカウンターを叩き、人の頭をカウントしているようだ。
“空いた席を数えて、総数から引いたら早いやん。。。。”と、思ったが、腹を立てても、腹は膨れんので体力の温存に努めることにする。
機体はようやく、飛び立ち、水平飛行に入ると、褐色の肌に真っ赤なミニの制服に身を包んだ、もう一人の女性クルーが、前列からワゴンによる機内販売を始める。
シートのポケットには、メニューが入っており、焼き飯やなんか分からん食い物、クッキー、チョコや飲み物が値段付の写真で表示されている。
彼女のボディコン、マッカッカ、スーツと悩殺スマイルが、マレーの男どもの購買意欲を燃えたぎらせるに違いない。
格安航空会社の“経営方針”いや、ここは、“経営戦略”に乗せられた、おっさんたちは、スケベ心と集団心理が後押しし、ジュースやお菓子を買い始めているようで、後ろに来る気配が中々感じられない。
どうやら、カードも使えるようだが、手続きには時間がかかる。
最後尾に座った自分の不運を、心の中で舌打ちした。
しかし、嘆いていても始まらないので、ワゴンが来るまで、辛抱強くDVDを見るしかない。
DVDプレイヤーはシートの前ポケットに挟んで固定し、PCを膝に置いて見る態勢を確保。
“利家とまつ”は、中盤(=織田信長亡き後から発展した後継者めぐりで、柴田勝家は、羽柴秀吉との賤ヶ岳の戦いに破れ福井に逃げ帰る)盛り上がりの章から始まった。
松平健が演じる柴田勝家は、戦線を離脱した前田利家の城に立ち寄り、まつ(松嶋菜々子)の用意した味噌汁をススり、利家の裏切りを攻めることなく、自分の城に帰る。
その後、香川照之が演じる羽柴秀吉が、同じく利家の城を訪れ、旨そうに味噌汁を飲みながら、“さすが、まつ殿。相変わらず、まつ殿の味噌汁は、うまいのぉ〜!!!”と、叫ぶシーンが飛び込んでくる。
3日ほど、タイ料理三昧でそろそろ日本食が恋しくなってきた上に、このシーン。
DVDで気を紛らわすどころか、空腹が加速し目眩すら覚えた。。。。
通路を挟んだ横のシートを見ると、口髭を蓄えたマレーのおっさん3人が、空港で調達したと思われる紙にタイ文字が印字されたチョコレートバーを旨そうに食べている。
ワゴン販売は、と見ると、後3列ほどで自分のシートだ。
ポケットから、財布を取り出し、カードを準備する。
あと一列となったその時。。。。シートベルト着用の、ランプが警告音と共に点滅した。
それを聞いた、“赤服パッツンパッツン悩殺クルー”は、目の前の客をサバクと小生に振り返り“ソォーリィー!”とセクシーなウインクを残し、前方のクルー室に向かって一目散にダッシュ!
その後ろ姿を、“点となった目”で小生は追いかけるものの、あまりのショックで声も出せず、空腹を通り越した怒りで、ひたすらVISAカードを握り締めていた。。。
【格安チケットアドベンチャー】
“なぁんで、このタイミングで、シートベルト着用のランプが!!!”と、涙目で窓の外を見たとたん、
“ああああああ!”
思わず声が出た。
機体は、手前の黒々とした積乱雲を回避しつつも、無数の積乱雲の中に突っ込もうとしていたのである。
窓から見える範囲では、機体が回避できる、空は、ない。
目が釘付けになっていると、とたんに機体はストォォォンと真下に落ちた。と、感じた次の瞬間に“グワァァァ”と、上に持ち上げられる。
DVDプレイヤーは、ポケットの奥底に吸い込まれ、切腹場面を演じる松平健のドアップを映し出しているPCは、USBの付け根から外れ、真っ黒になった。
その後も、機体は、右に、左に、上に、下に、斜めに、と、モミクチャ状態で、イメージで書くと、横に伸びた長いバネの先にシートがあって、はじかれている。そんな感じ。
“遺書?!”と、瞬時に脳裏をかすめ、横のシートに置いた鞄に手をかけようと思ったが、それも向こう側にすっ飛んでしまっており、横Gがきつく、手が届かない。
昔、タイ航空でスコールの着陸の時に、紙コップが飛び上がるほど機体が急下降し、滑走路に激突しそうな機体を急上昇で回避した場面に出くわしたことがあった。
しかし、タイ航空のパイロットは空軍上がりが多く、上昇を始めると“いや〜!スマン!ちょっと落ちたんで、急上昇してもぉーた。次は見ててね。”ってな、ワクワク感のあるアナウンスがあり、そいつらには信頼を感じたもんだ。
が、今回、アナウンスすらない状況からみると、機長と副機長らは、シートからケツを持ち上げ、暴れる操縦桿を“必至のパッチ”で、押さえ込んでいるに違いない。
彼らは、熟練度や度量に関係なく、格安航空であるが故、燃料費を無駄に使わず最短距離で降りる“経営方針”に縛られているようだ。
恐るべし、格安航空会社の経営方針。。。。。
機体は、揺られながらも、今までの経験にない角度で降下し続け、数十分(実際は十数分位?)続いたと思われたが、いきなり“ズボッ!”と音がしたかのように、雲から抜け出た。
大地は“えっ!”と驚くほど近い。
もうすぐ着陸か?と思うが、いつまでたっても低空飛行だ。
パイロット達は、“もう上がりたくないわいや!”とでも言いたげに、その高度を維持する。
機体は、失速しないように速度を上げたり、下げたりしながら、風の影響でケツを振られるのか、ダッチロール状態。
これもまた“機体に何らかの損傷?“と、J社の御巣鷹山墜落が思い出され、薄気味悪い。
とにかく、緊急の事態から抜けることができ、ちょっと緊張が溶けてきたので、通路を挟んだ隣に目をやると、口髭を生やしたマレーのおっさん達は、あちらの神に祈るかのように、両手を前のシートに乗せ、口を開けたホウケの顔で斜め上前方を見ている。
そして、先ほどまで旨そうに食べていたチョコレートバーは、手とシートに挟まれ、まるでウン○が、ひねり出されたように親指側の甲にベッチョリとマトワリついていた。。。。。。
【メシ】
結局、その後、“赤服パッツンパッツン悩殺クルー”は2度と機内販売は行わずに、機体はKL空港に降り立った。
機体が、止まるや否や、機内では誰とはなしに、拍手が沸き起こる。
しかし機長からのアナウンスは、ない。
精根尽き果てているか、もしくは、自分たちの神に感謝の言葉を唱えて平伏しているのであろう。
降り際に、男のクルーと目があった。
奴は“分かったやろ!?”とでも言いたそうなウンザリした顔で、小生の顔を見る。
“赤服パッツンパッツン悩殺クルー”には、完全に無視された。(今、思えば、相当恨めしげな顔をしていたのかも知れない。)
空港は、以前タイ航空で降り立ったエアコンの効いた快適な空港ではなく、トタン屋根が拭かれた経費を抑えまくった空港にバスは到着した。
あの空港は、はるか遠くにかすんで見える。
イミグレも、格安ツアー帰りのマレー人が入り乱れ、海外渡航者専用の窓口お構いなしで並んでおり、係員が怒鳴り散らしてようやく、入国審査を通過する。
マレー工場側が手配したドライバーは、会社のロゴをかざして待機してくれており、英語も分かるようなので、両替所と、とにかく何でも良いからメシの食える場所を聞き出し、ハンバーガーをビールで流し込んだ。
後は、この人懐こそうなドライバーの運転で5時間車にのり、現地で待つ中国系マレー人の熱烈歓迎的な乾杯の洗礼を受けることだろう。
バッテリーは、まだ十分容量は残っていたが、“利家とまつ”を、車の中で見ながら時間を潰す気力は、さすがに、消え失せていた。
謹賀新年。
今年も皆様、良いお年であるように。。。