湯口哲也
僕は名古屋で暮らしている。ロブロイの門を開いた事がない。
そんな自分が「ロブロイリストの日々」を書くことになった縁を綴ろう。
去年の10月、ひとり金沢の街に居た。
両親を続けて亡くし、兄弟もいない自分は文字通り天涯孤独の身になり旅に出た。
母の看病のための休職から社会生活に戻る前に気持ちの整理をしたくて、北陸の温泉でのんびりした後、金沢まで足を伸ばしてみた。
金沢21世紀美術館では、修学旅行ではしゃぐ中学生達をプールの底から眺め、映像の中で歩きまわる羊達を見つめてみたが、自分の心を占める喪失感をなくす事はできず、ロビーの喫茶店でため息をついていた事を覚えている。
ただの気晴らし程度にしかならなかった旅ではあったが、唯一の収穫はカメラで撮影する楽しみを知った事。
気に入った風景に適当にシャッターを押していただけだったけど、旅の途中に寄った一乗谷や永平寺で撮ったデジカメ画像を名古屋に帰って見ると意外にきれいに撮れていた。
それは、またどこかへ出かけて写真を撮ってみたい気持ちを抱かせ、少し前向きな行動をするためのささやかなエネルギーとなった。
それからというもの、週末は一眼レフのデジカメを持って色々な場所に出かけた。
構図の決め方や画像の色を気にしながら写真を撮る事は、自分にとって久しぶりに夢中になれるもので、仕事の煩わしさや、肉親を失った悲しみをまぎらすための大切な趣味となった。
そんな中、常滑市にある”やきもの散歩道”へ出かけた。
昭和中期以前に建てられた窯業関連の工場や登り窯を生かして、雰囲気のよい観光地となっているところで、自分のマンションから車に乗って高速に乗れば小一時間で着いてしまう、名古屋から近い中部国際空港のある街だ。
ひとしきり、気に入った街並みの写真を撮った後、みやげもの店に立ち寄った時、小さな陶器の招き猫を見つけた。
両手を顔の横に寄せ、可愛くほほえんでいる猫のお腹には、「しあわせ こいこい やってこい」の文字が書かれている。
思わず2匹手に取り、買って帰ってきた。
常滑に行ってから数日後、ひとりの女性と食事をした。
スポーツクラブ仲間の彼女とは年に数回、常連さんのグループと飲み会で話をする程度だったが、ちょっとしたきっかけから、二人きりで会うことになった。
その時に常滑から買って帰ってきた、招き猫の一匹を彼女にプレゼントした。
そして・・・
今、招き猫は僕のマンションの玄関で仲良く二匹そろってニコニコしている。
そう、彼女と僕は結婚し、招き猫も帰ってきた。
「しあわせ こいこい やってこい」の威力は絶大だ。
僕はバーボンが好きだ。
最近はオールドエズラを寝酒にするのがたまらない。
彼女にバーボンが好きだと話したら、彼女は以前、金沢に住んでいて、ロブロイというBARに足を運んでいたという。そして、ロブロイリストの日々にも投稿していた。
近いうちに僕は再び金沢へ行く事になると思う。
今度はひとりではなく、ロブロイのカウンターでバーボンを飲むという、しっかりした目的を持って。
その時、金沢は僕にとって特別な街になるだろう。