I・K
本を読んだり、曲を聴いたりしていると、中にお酒が出てきたりする。
そのシーンが印象的だと、やっぱりそのお酒を飲みたくなってしまう。
そして、「へぇ、なるほど」とか「う〜ん、想像と違うな」とか思いながら、そのシーンを思い浮かべるのがまた楽しい。
■ジンライム
これは、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」から。
高校生の頃、この曲を聞きながら「ジンライムのようなお月様」ってどんなだろう、と思った。
絶対大人になったらジンライムを飲もう、と決めた。
で、初めて飲んだジンライム。
緑だ。
当たり前だったが、グラスの中には緑の欠片が入っていた。
ジンライムなのに、お月様の印象が強いせいで、レモンが入っていると思い込んでいた。
「これがお月様?」呟きながら一口含んだ液体は、喉を焼くようにハードでタイトだった。
シャワーのように松脂の香りが身体を包んでいく。
雨上がりの空の下、人通りのない道を、ひとりきりでバイクを引き摺ってとぼとぼ歩く。
きっとその時の空気は、ジンライムのようにしゃきっとしてるんだろう。
うまく説明できないけど、なんとなくそんな気がした。
■ピナ・コラーダ
これは、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」から。
主人公がハワイで、ビーチに寝そべって本を読みながらピナ・コラーダを飲み、気が向くと泳ぎに行く、と言うシーンがあって、これを読んでから私の夢は「南の島でのんびりすること」になった。
ずいぶん経って念願かなって、南の島に行けることになった。
これはもう決まりでしょう、という訳で、ピナ・コラーダをプールサイドのバーでオーダーし、のんびり寝そべって本を読んだ。
しかし、思いのほかこの酒は強かった。
飲んだ後で泳いだら酔いが回ってしまい、気分が悪くなって、あわてて部屋に戻った。
風呂に入ってアルコールを抜いてベッドに転がって、3時間近くも眠ってしまった。
こんな間抜けな顛末だったが、これはこれで望みどおりの「南の島でのんびり」には間違いない、のだろう。
たぶん。
■キャンティ
これは、フレドリック・ブラウンの探偵ものから。
主人公の伯父が、情報提供者の中年男性の事を「あいつはキャンティを奢れば口が軽くなるやつだ」と評していたのを読んで、そうか、そんなにうまい酒なのか、と中学時代に思った。
とても無知な話だが、その頃はそれがワインだとは知らなかった。
後にイタリア料理屋で飲んだ際、こんなに飲みやすいワインなら、あの小説の主人公は、相手の口を軽くするために相当飲ませたんだろうな、と思った。
確かにうまかった。
■ティーチャーズ・ハイランドクリーム
これも、フレドリック・ブラウンの探偵ものから。
主人公がとある酒場に入ってバックバーを見ると、「一番高そうな酒がティーチャーのハイランドクリームだった」。
中学時代、このくだりを読んで、超高級な酒と勘違いしてしまった。
成人してから値段を知って少し笑った。
この酒を飲みながら改めてあの情景を思い返すと、安酒場のいかにもな感じがとてもよくわかる。
よい子の中学生ではわからない。
■マンサニーヤ
これは歌劇「カルメン」の「セギディーリャ」から。
カルメンがホセに「セギディーリャを踊りに行くの。マンサニーヤを飲みに行くの」と誘惑する。
マンサニーヤって?と思っていたが、その後飲む機会があり、その時に初めてシェリーだと知った。
飲んでみるとけっこうきつくて、これを飲んで更に踊ると言ったカルメンは、相当酒に強かったに違いない。
やっぱり悪女は酒に強くないと、格好がつかないか。
この後ホセは、カルメンへの恋に狂って破滅していく。
駄目だとわかっているのに転がりだした恋は、どうやったら止められるのだろう?
話は変わるが、いまだにセギディーリャがどんな踊りだかわからない。
■マーテル・コルドンブルー
小学生の頃読んだハードボイルド小説(生島治郎だったと思う)の中に、登場人物がこれを飲むシーンが出てきた。
夜の六本木、摩天楼から見下ろす夜景、ハーフの美貌の青年、と田舎の小学生にはまばゆい世界の話だった。
よほど印象的だったのだろう。
ちらっとでてきただけのブランデーの銘柄を大人になるまで覚えておくほどには。
初めて飲んだのは、そこそこ年齢を重ねてから。
一口含んだとたん、鼻から脳にまで香りが染み渡っていく感じがした。
この酒は、若造の時に飲まなくてよかった、と特に理由はないけど、なんとなく思う。
■スコッチ&ソーダ
これはアイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」から。
この連続推理小説は、登場人物たちが、毎回レストランで食事をするシーンから始まるのだが、中のひとりが息を切らしながら駆け込んできて、スコッチ&ソーダで喉を潤すシーンが、これまた毎回出てくる。
風呂上りのビールみたいなものかな?
一度家で風呂上りにやってみたが、材料を用意して、グラスに注いでステアして…という手間が案外面倒だったりする。
やはりこれは、ドアを開けるとすぐに「いつもの」飲み物を差し出してくれるヘンリー(この物語の名給仕)がいなくちゃいけないようだ。
■ギムレット
これはチャンドラーの「ロング・グッドバイ」から。
この中で主人公の友人が、「本当のギムレットというのは、ジンを半分とローズ社のライムジュースを半分混ぜるんだ。それだけ」と言う場面がある。
どんな味なんだろうな。
甘いんじゃないかと思うのだが。
極々個人的にかつ控えめに言わせて頂くなら、ギムレットのライムジュースは、フレッシュを主体にして少しコーディアルを入れたほうが私は好きだ。
もちろんあくまでも個人的な好みである。