ヤミヨのカラス
【北へ】
オーストレールパスというチケットがある。
2等車相当であれば契約した期間、乗り放題のパスで日本の旅行代理店で手に入れていた。
西に行こうが、北に行こうが自由自在。
まずは、シドニーからブリスベーンという街へ1000kmほど北上。
そこで列車を乗り換えロックハンプトンという街まで600km、更に北へ向かう。
そしてフェリーに乗り換えて向かうグレートケッペル島が3人娘とのランデブーポイントだ。
シドニーで会ったオージー3人娘とはグレートケッペル島のフェリー乗り場で15時に落ち合う約束となっている。
シドニーを昼の2時に発車し、永遠と続く赤土の大地を長距離列車は18時間駆け抜け、翌日の朝8時にブリスベーンのローマと言う駅に着いた。
ロックハンプトン行の汽車は夕方の5時なので、その間ブリスベーンの街を散策する。
流石に北に1000km移動すると赤道に近くなるためシドニーより、はるかに暑い。
【ああ!コクリツビジュツカン!】
ブリスベーンはオーストラリアの東海岸に面しており海が近い。
近くにサメの博物館などがある。
ホルマリン漬けにされた6メートル2トンのサメが圧巻。
その後、ブリスベーン国立美術館に移動し、展示物を見て回っていると1枚の絵に釘付けになった。
その絵には、ノーカットのあられもない性技が写実的に、堂々としかも鮮やかに水性の絵の具で描かれていた。
当時はインターネット、パソコンなんぞ、微塵も存在しない時代だ。
その手のものはアンダーグラウンドでしか手に入らず、そう簡単にお目にかかれるものではない。
そんな時代にこの国では、そんなことも芸術だと評して、しかも国立美術館の壁に堂々と飾り付けているのである。
老若男女こぞってこの絵画をフツーに鑑賞している。
子供だって見ることができる。
と言うことは、グレートケッペル島を誘ってきたオージー3人娘は、この絵のように、ものすごく開放的な文化に染まった娘たちなのではないのか?
3人から選ぶんじゃなく、3人から同時に迫られるかもしれない。
そーなったらそうなったで、そこは日本男子!
国の威信にかけても受けて立つしかないやろ!
どーんと来んかい!
などと、妄想が駆け巡り呆然と絵の前で立ち尽くしていた。
そんな妄想の国立美術館を彷徨っているうちに時刻は発車の一時間前になり、ローマ駅に向うことにする。
“地球の歩き方”で確認すると国立美術館からローマ駅は歩いても余裕で到着する距離だ。
しかし、どこかで道を間違えたらしい。
前から気にはなっていたが、“地球の歩き方”は、間違いの情報が結構多い。
地図も路地が一本ないなどざらである。
また旅人の情報を集めているので、古い情報も多い。
まさに“地球の迷い方”だ。
次の角を曲がると駅だと思ったが無い。
色々歩き回るが、それらしき建物も見当たらない。
近くの店の店員に聞くと、まったく見当違いのところを歩いており駅から遠く離れていた。
どんどん時間が経過し焦りだす。
が駅は見つからない。
行き交う人に聞きまくり小走りで探すが見つからず、最後の手段でタクシーを捕まえ乗り付けたが、トキ既に遅しホームの係員が一言“GONE(行ってもーた)”
北へ向かう長距離列車は一日一便で明日まで待つしかなく落ち合う時間には当然、間に合わない。
しかし鼻血が出るくらい妄想で膨らんだ頭だ。
そうやすやすと諦められるもんではない。
とにかく近くのユースホステルで腰を据え、連絡を取る手段を考えることとする。
【地平線の彼方】
ブリスベーン市のチャームサイドという町にユースホステルを見つけ、その方面行のバスを探す。
停車しているバスの運転手に聞くと
“このバスだ。俺が合図するのでそこで降りろ。”と言われた。
前払いで運賃を払い、運ちゃんの合図を見落とさないように最前列の左のシートに陣取る。
次々と乗客が乗り込んでくる。
大きな荷物を持っていないので地元の人たちだ。
ギターを括り付けてあるリュックは、手荷物置きの網には乗らないので通路に立てかけたが、通路の半分を占め皆通り抜けにくそうだが、動かしようがなかった。
時刻になりバスは発車し、途中のバス停で乗客を乗り降りさせながらバスは進む。
地図で見るとチャームサイドはそれほど遠くない。
ところが、そのバスは、どんどん寂れた街はずれに、向かい気が付くと牧場を抜ける一本道に入っていった。
心配になったので確認すると“もうちょっと待て”との返事。
しばらく走り、丘を左側に回り込むところでバスは止まった。
“お前はあっちだ。”と運ちゃんは前方を指さし、その方向に歩き出す。
しかし20分ほどかけ丘を回りきったその先には、やはり牧場と地平線しか見えなかった。
何がどうなったのかわからずボーゼンと立ち尽くしていると1台の車が止まり、窓から伸びた手が招き寄せる。
金髪で人懐っこい兄ちゃんが乗れと言うので、ユースの住所を書いたメモを見せると“逆方向だ。Uターンしてヒッチハイクした方が良い。歩きじゃ遠すぎる。”と去っていった。
トボトボと歩きながらバスでの出来事を思い返してみる。
バスの乗客は降りるときに運ちゃんになんか言ってたよな。
それから運ちゃんは寡黙になりはじめ、首の回りも赤く充血していたような気がする。
そして街から遠く離れた牧場で降ろされたんだ。
運ちゃんの指からは、“この街から出ていけ!”
理不尽でストレートなメッセージだった。
小一時間歩いただろうか、地平線に沈む壮大な夕焼けも終わり、大地の端っこに明るさを残すだけの道沿いに一軒家があった。
バーベキューをやっている家族に声をかけられ、アルコール入りのカクテルをご馳走になる。
乾燥した風と暑さでカラカラに乾いた喉と体に一発で染み渡る。
彼らは、とてもフレンドリーで色々話しかけてくるが、英語で会話する気持ちは失くしており、礼を言ってまた歩き出す。
“歩けるだけ歩こう。そして駄目なら野宿だ。”
月明かりだけが頼りだったが、見上げると青黒い空に浮かぶ満月を灰色の雲が覆い隠し始めていた。
牧場の一本道を、どれだけ歩いたかわからなくなったころ初めて信号が見えた。
その交差点に辿り着いたとき、ちょうど停車した車から声をかけられる。
彼は、親切にも懐中電灯で住所をなぞり、歩行者を呼び止め道を聞き、ユースまで送ってくれた。
交差点からユースまでは10キロ以上あった。
交差点を通過した時にたまたま赤信号で、そいつが乗った車がたまたま止まってくれなかったら、ユースに辿り着けなかったと思う。
名前はRICK BOYO。
小生にとっては死ぬまでヒーローである。
続く
<ロブロイストの日々> 毎・月始め更新いたします。