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Somekawa & vafirs

『久しぶりの金沢、片町、そしてバー「ロブロイ」のこと。』

吉川顯麿

7月4日土曜日。
新幹線開通後初めて金沢を訪れた。
2014年の春、1989年春から25年間勤務した私立大学を定年退職して以来実質初めての訪問だった。
金沢はわたしにとって、中学卒業までの15年間暮らした中国山地の山奥の「生まれ故郷」よりも10年も長く暮らしたこれも懐かしい第六番目の「故郷」である。
いま、七番目の「故郷」を神奈川県藤沢市に築いているところである。

今回は時間もないため、残念ながら新幹線ではなく空の便にしてレンタカーを借りた。
25年も暮らした町を訪れるのは目的がどうもすっきりしない。
観光というのでもないが、もう自宅もないわけだから宿をとって観光するしかない。
一人での訪問なら市内の旧友たちに声をかければ時間を過ごすのに困ることはないが、今回は家族旅行である。
2日間でどこを観光しようかと考えてみると意外にここそこと行く場所は浮かばないものだ。
思いつくのは「兼六園」くらい。
菖蒲園でも見るか、富樫のバラ園は5月下旬だから見ごろは過ぎたな。
能登まで足をのばすのは無理だな。
湯量たっぷりの山中温泉の総湯に入りたいが行くのは時間的に無理だな。
行くなら朝から行って鶴仙境を散策する時間もほしい、などとこれは金沢訪問の数日前の会話である。

小松を後にして真っ先に向かったのは金沢駅。
「北陸新幹線」の美しい車両を見て写真に収めたかったのである。
笑われるかもしれないが、長く暮らした人間が観光で再び訪れる場所というのはまるで、中高生が修学旅行を組んで自由行動するようなもの。
いつもはテレビでしか見ない「北陸新幹線車両」を真ん前の青い鼻の部分から何枚も撮り、車両全体の遠近を画像いっぱいに撮り、ホーム・屋根の鉄構造と一体に撮り、----。
新装「百番街」を駆け足で見学したあと、昼はまた私が長年こよなく愛した「8番」の餃子とラーメンを食べに春日町へ。
25年を過ごした5か所の居住地をドライブして回り、夕方には卯辰山菖蒲園で紫陽花を写真に収める。
城跡のすぐ下に宿をとっていたから、日曜朝は早めの行動で、しっとりと落ち着いた兼六園の緑を味わい写真に収めた。
午後は娘の希望で、「九谷焼」のふるさと能美市の久谷陶芸村や安宅関を訪ねた。

富樫にのマンションの近所でよく通った小料理屋に妻と娘と3人で行って食事をした後、懐かしい片町の賑わいが恋しくなり、2人を誘ってスクランブルでタクシーを降りた。
片町「スクランブル」で目にして驚いたのは、「バブル」以降経験したことのないほどの人の群れ。
土曜の夜でもあったが、1年以上前なら歴史あるこの片町も客離れがひどくずっと寂しい景色が続いていたから、「これが新幹線効果ということか」と感心した。
金沢の人間にとっても県外の人間にとってもこの賑わいこそ片町の魅力。
カラオケは歌いたくないというので、それならと二人を連れて旧「炉べ」前の路地裏どおりを歩いて「どこへ行くの?」と尋ねる二人に返事をせず、染川さんのバーに直行した。
裏通りからいきなり階段になって入口らしい体裁もアプローチもなくそのまま狭い急階段につながっている。
登りきるとそこもいきなりドアだ。
“ロブロイ/rob-roy/Bourbon & Scotch BAR”である。

この店との初めての付き合いは、記憶では90年代後半。
進学や就職などで5人の家族が私を一人残して最終的に全員金沢を離れてばらばらになった後、「たまに、一年に数度でも、行きつけの落ち着いたバーでもあればいいな」と思って見つけた店である。
ちょっと「渋い」バーである。
通ったと言ってもそんなにいつも通ったわけでもない。
が、この店の印象は強かった。
主人の染川三男さんのかなり個性的な、薄暗い中に眼光鋭く、しかも辛口のしゃべり口にどこか魅かれるものを感じて何度か通った店である。
スコッチとバーボンでは他に譲らない気持ちを強く持っておられるのだろう、と感じさせるものがあった。
たまに片町に出て、たいていは行きつけのスナックに立ち寄って喋ったり歌ったりしてそのまま帰宅するのだが、帰ってもだれが待っているわけでもない。
スナックを出て一人になり、タクシーに乗る前に、――だからいつも12時を回ったころ――ちょっと寄ってみようかと立ち寄って、気分を変える店だった。

バーはスナックと違って、歌もなく会話以外に特別のサービスもない。
店の落ち着きやカウンターの景色、それと主人との会話だけを楽しむのである。
たまにバックの音楽が流れたり流れていなかったり。
カクテルを注文することもあるのだが、ほとんどはその日の気分でスコッチウイスキーかブランデーをストレートで注文して、タンブラーの水を置く。
度の強い洋酒をそれ自体の味わいで飲むので洋酒のそのものの味も堪能でき、酔いはするが充実感があり後味がいい。
染川さん自身はバーボンが好みのような印象を受けるが、私はこれまでこの店でバーボンを注文したのはせいぜい1,2回だと思う。
飲みはするが、あの独特のにおいがちょっと苦手で、やはりスコッチに自然と気持ちが向かう。
今回は1年半ぶりくらいの訪問だった。
中に客はいない。
我々3人がカウンターのコーナーを挟んで染川さんと向き合う。
いつもの声で飾り気なく、「何を?」。
スコッチとビールとロングカクテルを注文した。
【続きは次回うかがった後にまた。】

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