千樂 一誠
自らの醜態をさらすことになるので、誠にお恥ずかしい話であるが、今回は酒の失敗について書いてみたいと思う。
最初の失敗は19歳のころである。
当時、私は劇団に所属したてで、劇団員としても下の下の下、一番下っ端であった。
私の劇団はと言えば、主宰者が海軍兵学校出身ということもあり、上下関係が誠にはっきりしていた。
1期違えば親も同然。
先輩が飲みに行こうといえばそれは絶対的なことであり、逆らうこともなく、また、自身の酒好きのDNAも相まって、芝居の稽古の後はいつも飲み会。
そこでは本当に色々な話をした。
芝居の駄目だしは勿論、人づきあいから社会的ルールに至るまで、今日の私を形成してきたのは、芝居とその後の飲み会における先輩方々の話であるといっても過言ではない。
初めての日。
その日は、夏の暑い盛り、稽古終わりに先輩に誘われ、居酒屋に行った時のことである。
出てきたのは「氷酒」というもの。
ご承知の方も多かろうが、日本酒を凍らしてシャーベット状にした酒である。
先輩に勧められ、一口飲んでみると、その口当たりの良さは19歳の私にはあまりに新鮮かつ衝撃的。
どんどん酒がすすんだ。
1本300mlのこの酒を3-4本は頂いただろうか・・大した酔いもなく、意識がしっかりしているつもりだったが、
お開きとなって、いざ立ち上がろうとすると、それまで普通だった世界が突然、回転し始めて暗転した。
光を反射して眩しい青いエナメルが私の目の前を足早に通り過ぎて行った。
私は居酒屋外の玄関わきにある床几の上に寝かされていた。
持物をあわてて探ると、財布があった。
中を見ると、割り勘と思われる金額がきっちりと無くなっていた。
その日は稽古場に行くのが恥ずかしかった。
しかし、それから、私の快進撃は始まった。
自分でも知らぬ間に車のボンネットに上がり、フロントガラスにもたれて眠りこんでいるところを持ち主にどやしつけられて起きたことも度々ある。
車のフロントガラスは、寝るのに丁度いい角度に設計されているのだ。
東京の歌舞伎町の前を通る大きな通りがある。
靖国通りと言う通りだ。
広いので、道路の真ん中に中央分離帯があってそこは低木(何の木かは知らぬ)が植え込まれている。
なんとか終電に間に合いたいと、酔った体で走ったのが良くなかったのか、一緒に飲んでいたお姉さんが勧め上手だったのか、
通りを渡ろうとした私は、中央分離帯で失速し、植え込みの中に真横向きに倒れこんだらしい。
身動きが取れなくなり、そのまま朝まで寝込んだ。
顔の痛さで目が覚めると、視界の中はすべて葉っぱと枝。
朝の歌舞伎町は、それは多くの人々が靖国通りを渡って移動している。
あまりの痛さと恥ずかしさにそそくさと新宿駅に向かい、駅のトイレで自分の顔を見ると、顔中が木の枝でついた傷でみみず腫れ。
その日は人に会うのが顔の痛み以上に苦痛であった。
人と飲んでいるときは、酔っていても意外とシャンとしていることが多い。
親も同然と言われる先輩などと一緒の時は、失礼をしてはいけないという緊張感がそうさせるのだろうか。
ところが、先輩を乗せたタクシーが去っていくと、とたんに酔いが回る。
そんな経験ありませんか?
ほうほうの体でマンションまでたどり着き、自分の部屋のドアの前で寝込んでしまっていたことがある。
朝、目が覚めて、こんな姿で廊下に倒れこんでいるのを、住民に見られては恥ずかしい。
大家に告げ口でもされてはたまらない。
そう思って、早々に部屋のカギを取り出し、鍵を開けようとするが、鍵が挿さらない。
まだ、酔いがさめていないので、鍵が挿さらないのか・・・「ああ情けない、またこんなに飲んじまって・・」慎重に何度も鍵を鍵穴に挿すのだが一向に挿さらない。
よく見ると鍵穴が、ふさがっていた。
自分の持っている鍵も先の四分の一くらいが無くなっていた。
挿さらない訳である。
酔って開けようとするうちに鍵を折ってしまったのだ。
恥を忍んで大家さんを起こして、状況を説明すると、「鍵を全部取り換えないと駄目だねぇ〜」鼻で笑っていた。
鍵屋を呼んで取り替えてもらったが、豪華居酒屋何回分にも相当するそれはそれは大散財であった。
ある朝などは、目が覚めると、寝込んだ絨毯の床の目の前に不思議な物体がこんもりと存在していた。
見たこともないようなもので、これはいったい何処からやって来たのかと大変驚いたが、
よく見てみるとそれは、それは、昨夜のジャックダニエルのお供であった、ローストピーナツ君の変わり果てた姿であった。
「これはいかん!」とあわてて掃除機で吸い取ったが、それから約半年の間、ローストピーナツ君は、その存在を掃除機に付着していかんなく主張し続けることとなった。
ロブロイで飲んだ翌朝、見事に失敗したこともある。
当時、私は金沢でロケをしていたが、朝ロケ出発の前の午前6時に、F・K氏なる人物にモーニングコールをして起こさねばならない役目を担っていた。
ノックで意識を取り戻してドアを開けると、昔のアイドルとは思えぬ恐ろしいお顔のF・K氏が朝日に照らされて立っていた。
それから私は、朝出発の仕事の際には、翌日の衣服に着替えてから就寝するようになった。
人間、進歩が必要である。
友人宅で飲んでいる時のことだ。
その友人が酔い潰れてトイレに籠城し呼べど叩けど出てこない。
駅のトイレのように、外から解錠できればよいが、一般の家ではそうもいかない。
トイレ個室に窓があり、それは開いていたのを思い出し、仕方なく二階の庇伝いにトイレの窓から入って鍵を開けようと、試みていると、やにわに下から強い光で照らされた。
何かと下のほうを見ると、警官と思われる人物を、隣家のおばさんの断定的視線が目に入った。
私は泥棒ではない。
罪人として逮捕される寸前、酔った頭で懸命に事情を話して事なきを得た。
書き続ければ枚挙に暇がない。
本当に酒には色々なことがあり、そして色々なことを教えられてきたと思う。
笑ったことも、怒ったことも、泣いたこともある。
歌ったり、踊ったり、握手したり、喧嘩したりもした。
そのどんなシーンにも酒があった。
酒は私の過ごした人生そのものである。
最近、ことさら実感するようになった。歳をとってきたなあと思う。