僕には嫁さんが一人いる。(当たり前だ)
ある日曜日の夜、嫁さんは台所でカタカタやっている。
僕はぼくでバーボンのオン・ザ・ロックでカタカタやっている。
部屋で飲むとき、古いバーボンのボトルをデキャンターとして愛用している。
ようするに詰め替え用ボトルの事である。
「嫁さんとバーボン」「僕と古いバーボンのボトル」。
このふたつの事を考えると我ながら苦笑いしてくる。
僕がまだコックをやっていた大阪の頃の話である。
当時住んでいた寮の近くにカウンター・バーを見つけ、ある日一人で覗いてみると若い女の子がポツンとカウンターに立っていた。
後で分ったがママは別にいた。
それからほぼ毎日通った。
彼女はスコッチ・ウィスキーを飲んでいた。
僕も合わせてスコッチを飲んでいた。
一ヶ月くらい経っただろうか。
ある日突然その子はいない。
昨日で店をやめたという。
その日はバーボンを注文した。
その時のバーボンが今ここにある。
別にキープしたわけではないが、その日一本空けてしまったので空のボトルを持って帰ってきた。
それ以来その店には行っていない。
何年か経ち、ひょんな事からある芸大に通っている女の子の部屋へ居候する事になった。
普通はこれを同棲というが、この場合同棲にはならない。
さしずめルーム・メイト、といったほうが正確だろう。
なぜならその子の裸も見た事がない。
不思議におかしいとは思わなかった。
そしてその子もスコッチを飲んでいた。
何年か後、僕はバーを開いた。
ある日一人の女性が飲みに来た。
色んな話をした。
それからよく来るようになり、同棲しているという。
しばらく経ち、その子の故郷である京都から夏休みを利用して、妹が遊びに来るという。
同棲している男性の事もあり、部屋も狭いので一ヶ月妹を預かってくれという。
別に断る理由もない。
以前居候したこともあるし、居候させてもいいだろう。
たまには店を手伝ったりしながら、一ヶ月間楽しく過ぎた。
もちろんその子の裸も見た事がない。
その子もよくスコッチを飲んでいた。
それからまた何年か経ち、ある女の子が一人で飲みに来た。
その子はバーボンを注文した。
その後よく来てくれるようになり、ある日一度送って行った事がある。
部屋に入ると積み重ねたカラーボックスの中には、若い女の子らしい物が沢山並んでいたが、その一番上にデ〜ンとバーボンが三本並んでいる。
それを見て僕は“フ〜ン”と妙に納得しながら、変に顔がほころんだ事を覚えている。
今では毎日僕の横にいる。