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林 茂雄





アルベール・カミュと太陽

Elle est retrouvee(また見つかった)
Quoi ?(何が?)
L’Eternite(永遠が)
C’est la mer allee(海と溶け合う)
Avec le soleil(太陽が)

 これはゴダールの映画『気狂いピエロ Pierrot le fou』のラストシーンで男と女が交わすセリフなのだが、ランボオの『地獄の季節』のなかの詩の一節からの引用である。海(メールmer)と太陽(ソレイユsoleil)、この2つのフランス語を続けて発音すると、メルソル(mersol)になり、カミュ『異邦人』の主人公の名前ムルソー(Mersault)に近くなる。「今日ママンが死んだ、あるいは昨日だったかもしれない」という有名な文で始まるカミュの『異邦人』は、誰もが青春時代に一度は読んでいるんじゃないだろうか。
 物語のプロットは単純である。主人公ムルソーは母親の葬儀のため、バスで2時間ほどゆられて養老院へ着く。葬儀に列席したムルソーは泣き出すこともなく、母親の死に顔を見るようにすすめられても見向きもしない。葬儀の翌日からの連休には、ムルソーは海水浴に出掛け、そこでかつての同僚のマリイに再会。二人は海水浴のあと映画を見て笑い転げ、夜を共に過ごす。その後、ムルソーは友人のトラブルに巻き込まれ、成り行きで殺人を犯す。殺した理由を裁判官に訊かれ、「太陽が眩しかったせい」だと答える。
 でも、カミュ『異邦人』のストーリーを語ることは野暮なことだろう。ロラン・バルトが『零度のエクリチュール』で書いていたように、『異邦人』の魅力は抑制のきいた文体にこそあるのであり、作品の空ろな雰囲気は、語らないことによって語られるからだ。
 アルジェリア生まれのカミュが自動車事故で亡くなったのは1960年のこと。葬送譜28のヴィアン(享年39歳)も葬送譜29のレノン(享年40歳)も若くして死んでしまったけれど、カミュも46歳という若さでの急逝だった。友人(ガリマール出版社社長の甥)が運転する車に乗っていたところ、タイヤがパンクして横滑りし、一本のプラタナスの木に激突した。カミュは即死だったという。
 1950年代はサルトルとの対立などもあり、やや孤立した感もあるカミュだが、1957年度のノーベル文学賞を受賞し、数年来構想を練っていた小説『最初の人間』の執筆にとりかかっていた矢先だった。きっとまだまだ作品を書いたに違いない。今年はカミュの歿後50年にあたるが、もう半世紀も経ってしまうのである。
 私が10代の時にカミュを読んだのは、バイト先の先輩に勧められたからだった。サルトルと対立関係にあったカミュを実存主義に含めるのはおかしいかも知れないけれど、キルケゴール、ドストエフスキー、ニーチェなどの系列においてカミュを読むことはごく一般的だった。私は小説よりも『シーシュポスの神話』などの哲学的作品に馴染んだのだが、「不条理」という言葉を注ぎ込まれたのはカミュからだった。
 異邦人(エトランジェ)という言葉はどうやらカミュの影響で日本に広まったらしい。英訳のタイトルは「ストレンジャー」ではなく「アウトサイダー」だったが、コリン・ウィルソンはその題で評論を書いた。『異邦人』の主人公ムルソーは寡黙で虚無的な人間だけれど、物語の舞台には海と太陽のイメージが漂っている。地中海に面したカミュの祖国アルジェリアの風景が影響しているからだろうか。
 ムルソー(Mersault)の名前について松岡正剛はこう書いている。「Mersault(ムルソー)は、ひょっとしてmer(海)とsol(太陽)なのではなくて、"meurt"(死ぬ)と"seul"(ひとり)だったのかもしれない、というふうに。」(松岡正剛の千夜千冊)
 なるほど。死ぬ(ムールmeurs)と孤独(ソリチュードsolitude)でもいいかもしれない。あるいは両方の意味がセットになっていると考えることもできる。死と海が結びつき、太陽と孤独が結びつく……。死の海。孤独な太陽。
 太陽と孤独といえば、ミケランジェロ・アントニオーニ監督でアラン・ドロン主演の映画『太陽はひとりぼっち Eclipse』だが、『異邦人』から個人的に連想する映画はなぜか、同じアラン・ドロン主演でもルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい Plein soleil』のほうだった。主人公は孤独な青年、ハイライトは海の上での殺人、そしてモチーフは太陽というこの映画は、『異邦人』との関係があるわけではないのだが、どういうわけか私の脳内では関連づけられているのである。それはともかく、何と言っても音楽が素晴らしい。
 こうしてゴダールやアントニオーニやクレマンの映画の話にどうせ脱線してしまうのなら、本来はルキノ・ヴィスコンティ監督が撮った『異邦人』の話をすべきなのだが、こちらのほうは残念ながら見ていないので、レーモン・ルーセルに『無数の太陽』という戯曲があったなあ、という次なる連想を封印しつつ、ニーノ・ロータのけだるくせつない音楽をまた聴いてみたい。

http://www.youtube.com/watch?v=bT0UVdlguOo
「Plein Soleil」ニーノ・ロータ楽団




アルベール・カミュ/生年1913年、没年1960年。享年46歳。
代表作『シーシュポスの神話』『反抗的人間』

はやし しげお  金沢生まれ。東京在住。
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