我が家は犀川の近くにあり、その川に沿って二キロも下ると我が店がある。
歩いていく事もあれば、自転車の時もある。
当然生活の大半は川の“こちら側”にある。
休みになるとよく散歩に行くが、あえて自分にとっての生活のニオイがない“あちら側に”に行く事になる。
こっちも静かな住宅街には違いないが、あちら側はもっとゆったりしているように見える。
我が家のすぐ近くに、車道よりも歩道の方を広く取ってあるような、実にゆったりとした雪見橋という橋を渡る。
するとそこは川に沿って公園になっており、またその公園に沿うようにして住宅が連なっている。
橋を渡りその公園を散歩したりするが、たまに住宅街を通ったりする。
その途中に一軒の酒屋がある。
何年も前から気づいていたが、中に入った事は無い。
というのは、営業しているのか、いないのか。
人の出入りも見たことが無い。
また外から覗く限り、特に注目するような酒が並んでいるわけでもない。
それに何となく暗く、主人らしき人も見たことがない。
ある日久しぶりにその酒屋の前を通ると、珍しくガラスの引き戸が開いている。
太陽の光が差し込み何やら店の中が明るく見える。
相変わらず主人らしき人も居ない。
僕は入り口が開いているのにつられ中に入ってみた。
すると外からは見えなかった奥の隅の方へ目がいった。
何やら古いボトルがテーブルの上に並んでいる。
長く拭いた形跡も無く、手書きの値段を書いたシールもいつ頃張ったのだろう、と思わせる。
何よりおおよそこの店に似つかわしくない種類の酒がその一角だけ並んでいた、というより無造作に置いてあった。
僕はいつ頃の酒だろう、と思いつつそれらを眺める。
まずフランスはアルザスのマール、粕取りブランデーである。
これもフランスであるがフルーツ・ブランデー、フランボワーズ(木いちご)のブランデー。
他アニス系のリキュールアニゼット、いわばアブサンの代用品といってもいいだろう。
またドイツのミラベル、これは黄色スモモのリキュールである。
そしてウヲッカの名門ストリチナヤであるが、ラベルに桃の写真が載っている。
ロシア産のリキュールという事になる。
また他にボトルに細い縄を巻きつけ、取っ手があり、船のブイが首に下がっているアクアビットもある。
何故に船のブイかというと、アクアビットは船で赤道を通過したものの方が美味い、という言い伝えがあり、それを醸し出したのであろう。
ともあれ趣のあるいいボトルである。
気に入ってしまった。
極めつけはテキーラの一種、メスカルである。
テキーラはサボテンから作られる蒸留酒であるが、サボテンもある一種に限られる。
メスカルはその一種以外のサボテンを使ったものをいう。
特徴はなんといっても、また何の意味があるのか、サボテンに付いている青虫ならず、赤い虫がボトルに一匹ずつ入っている事にある。(グサノ・ロッホがよく知られている)
と、そこで声がした「全部半額でいいよ・・」僕はちょっとビックリしながら振り向くと、白髪頭のおそらく70代ではあろうかと思われる、まあまあ人の良さそうな老人が立っていた。
僕はいつ頃の酒でしょう?と聞くと「さあ〜、10年前だったか、20年前だったか?・・」という事だったので、それに関してはもうどうでもよく、何かもらおうと思ってもある種どれに?、と選びようもなさそうな気がする。
もちろん興味はある。
結局アクアビットだけ二本あったが、あとはどうせ一本ずつしかない。
全部もらう事にした。
ただ半額といってもおそらくバブル期以前の値段であろう、そんなに得した感はない。
一度帰り、車でもらってきた。
老人はさっきよりもちょっとニコニコしながら「ありがとう、またおいで」と言ったが、次行ったとしてもこれといってもらう物は他になさそうであるが、ニコニコ顔に免じていつか覗いてみようとは思っている。
家に帰りたまたまあった1992年の名酒辞典で調べてみると、ロシア産のリキュール以外は載っていた。
逆に2006年の最新版に載っていたのはアルザスのフルーツブランデーだけであった。
とりあえず、ほとんどは15年前は日本に輸入されていた事は間違いない。
そしてあの酒屋の隅に長年置かれていたものが、晴れて?今は本来の居場所、酒場にある。
我が店もそのボトル同様けっして新しくはない。
その証拠にボトル棚においてみると、まるで以前からそこにあったように自然に収まった。
よしよし。
さあ、封を切ってみよう。
そして美味しく飲んでくれる人を待つ事にしよう。