相変わらずヒマな店を営っている。
カウンターだけの12席。
そのたった12席も滅多に埋まる事はない。
ある時、これじゃあイカンという事で、店の方針らしきものを考えようとした事がある。
すると10分もすると左脳の方から頭痛がしだす。
それでも考えようとすると、痛みが右脳までくる。
それが過ぎると頭がカラッポの状態になる。
結局僕は考える事に向いていないらしい。
それ以来考える事はできるだけしないようにしている。
当然今書いているこの文章にしても、章の構成などという難しい事は考えた事がない。
はじめも無ければ、終わりも無い。
当然今回も一緒である。
僕の他にもうひとり考えているのかいないのか分らない男がいる。
歳は30の半ば頃だろうか。
出身は三重ということなんだが、仕事はというと某全国紙の新聞記者である。
俗にいう文屋さんである。
新聞記者というと、なんとなく研ぎ澄まされた神経かつ行動的、常に獲物を探すような目つき(ちょっとオーバーなような気もするが)そんなイメージがなきにしもあらずであるが、彼(N記者)の場合はまったく違うのである。
先にも書いたように歌を忘れたカナリヤ、いやいや考える事を忘れたように見える男である。
ところが他の記者仲間の話によると、なかなか厳しく鋭い仕事をするヤリ手らしい。
「ふ〜ん、人間て分らないものだなあ〜」と考えたりすると、また頭が痛くなるのでこのへんで止めておく。
その彼がやってきたのが三年も前になるだろうか、一人でやってきた。
ゆっくりと椅子にかけると、辺りを見回しながらタバコをくわえる。
そしてポケットからオイル・ライターをおもむろに取り出し、カチンと火を点ける。
そして「バーボン・ストレート」「ああ、それからチェイサーはいらねえよ」とまあ、なかなかキマッている。
僕はなみなみと注いだショットグラスを差し出した。
彼は親指と人差し指でグラスを持つと、こぼさないようにゆっくり口に運ぶ。
そして飲もうとしたトタン、グラスは彼の指を離れ、ガチャーンとカウンターに落ちてしまった。
もちろんウィスキーは全部こぼれる。
「アリャーまたやってしまったがなー、ヤッパ人間カッコ付けるとアカンナー」とまあ、三重出身のはずの彼がいきなり関西弁になっている。
「イヤーにいちゃんすまんなー、ワイやっぱ水割りにするワー、にいちゃんも一杯ヤリー」という事であまり考える事を知らない僕と彼はいとも簡単に打ち解けてしまった。
以来いい関係が続いている。
とはいっても僕と違い、記者という彼の名誉のために記すが、ある事件を徹底的に取材し、新聞に連載されたものが単行本化されたりと、バリバリにやっている。
と、ここまで書いて読み返してみる。
これでいいのかなあ〜と考えてみるが、まただんだん頭が痛くなってきた。
やっぱりこれでいい事にする。