その店は、犀川の近くにある小さなビルの2階にある小さなバーである。カラオケもなければツマミもない。
あるのは洋酒と静かに流れるアメリカンブルースだけである。いつ行ってもバーテンがひとり本を読んでいるか、
たまにギターを弾いているかどっちかである。
その静かな店もたまに12席全部埋まると、さすがにちょっと賑やかになる。
まず、バーテンを呼ぶ声もあっちこっちで様々な呼ばれ方をする。
バーテンさんに始まり、マスター、御主人、店長、もしもし、ねえねえ、おいおいコラコラ、
はてはテメー、オンドレ、ワレェ〜 ・・・・・さすがにここまではいない。
そしてあっちでヤンヤヤンヤ、こっちでコンヤやらせ、向こうでインヤやらさん、ああだこうだのワイワイガヤガヤ。
たまにはコンコンゴホゴホと聞こえるが、これは単に風邪らしい。
どこかでスイマセ〜ンとバーテンを呼ぶ声がしたと思うと横で「お前何か悪い事したのか」とか、
あっちでスイマセ〜ンタバコと言うと、「吸いますタバコ」と言え、とくる。
こっちで酒棚の方を指差しながら、ターキーって飲んだことあるかとくると、
ターキーってストライク3回続けりゃあいいんだろう。はたまた何処かでスコッチウィスキーをスコッチだけちょうだい。
とまぁカビの生えたようなシャレも飛び交っている。
そういえばその昔、お客がマッチくださ〜いと言うと、即座にカウンターの中から「ちょいマッチ」と聞こえたものだが、
さすがにここまで来るとカビもはえない。
いずれにしろこんな時、バーテンはさりげなく全体を眺めながら、この店これでいいのだろうか、
何とかもっとアカデミックなバーにできないものだろうか、と密かに考えるのだが、もともと考えることが嫌いな、
というより出来ないバーテンはそれ以上考えると、頭は痛くならないが自然にグラスに手がのび、
まあいいか、と呟きながらいつものように酒を飲み、帰ってぐっすり寝るタイプであるハヤハヤ。
さておき、そのワイワイガヤガヤの中に、私今日結婚しました、とひとりの女性がやってきた。
パーティー会場からちょっと抜け出して来たとの事。バーテンはユミちゃんと呼んでいるが、
とにかくそれは目出たいということで、皆でソレ飲めヤレ行けホイサッサとやってるうち、
1時間たち、2時間たち、やがて12時を回ろうとしている。バーテンが、花婿さんは今何処にと聞くと、
会場にはもう居ないでしょうねと言いながら、まあいいか飲んじゃえ〜。
そしてまた、おサルのカゴヤだ・・・・とやってる内、とうとう夜中の3時になってしまった。
それに気付いた彼女の「帰ろう、明日はハワイだ!」を合図に、全員めでたくお開きとなったのである。
そして平和な酒場は今日も過ぎて行った。
・・・・・まあいいか。