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(C)2003
Somekawa & vafirs

『ロブロイストの日々 前編』

ヤミヨのカラス

【自己啓発】

“脇は軽く絞めたまま、中腰。足を肩幅に開き膝は内側に置く。肘は緩めてショックを吸収するんだ。肘が固まると反動で銃口が上を向き、当たらない。”

2003年6月。タイ陸軍の広大な敷地にある射撃練習場で、拳銃を構えていた。
教官は、国境警備隊に所属している現役の兵士。階級は下士官、曹長だ。
国境を超え逃亡してくるミャンマー人の不法入国を取り締まり、また不法入国したまま住み着いた首長族の独立運動と対峙している。いわゆる射撃のプロだ。
一方、観光客を射撃場に引き込み射撃のレクチャーを受けさせ、軍自体がサイドビジネスとして小遣い稼ぎをしていた。
料金は拳銃1丁に付き1500バーツ(5千円弱)だが、それを紹介したタイ人には500バーツのキックバックがある。
今回は、部下であるK(タイ人男性)に連れてきてもらった。
彼はこの国屈指の大学卒で頭脳明晰の頼りになる片腕だが、嫁さんにはからっきし頭が上がらない良き旦那でもあった。

38口径リボルバー(回転式)のレクチャーを教官から受け、10m先の的(人の上半身に複数の円が書かれた標的)に向け2発ほど撃つが、全く当たらない。
冒頭のアドバイス(Kの通訳)を受け4発ほど撃ってみると、ようやく玉は、大きな円の下側に集まりだした。
“人は撃ったことがあるのか?”と聞くと 曹長は“無用の質問だ!”とばかりに、無表情のまま架空のマシンガンを腰ダメに抱え、腰を回転させた。。。

【ゴミ争奪戦】

駐在して6年目を迎えた我がタイの事業所は、生産工場である。
部材を購入し製品を作りASEAN、日本を中心に世界中に輸出している。
この生産活動においては、生産クズ、不良品、長期滞留品などの廃材はつきものである。
それらは産廃業者に渡し埋め立て、もしくはリサイクルとして売却する。
そのリサイクルからは、銅や銀など様々な貴金属が回収でき、不良率0.3%としても1カ月で一千万円単位だ。
現地の物価からすれば、数億円の値打ちはある。

その廃材の回収には、元々産廃業者Aと取引を行っていたが、突然、競合のBから横やりが入りA、Bの2社間でゴミの争奪戦となった。
更にA社のバックには警察が、B社のバックには軍が控えている。
どちらのバックも産廃業者からミカジメ量をとり甘い汁を吸っていた。
挙句の果てに、“さっさと決めないと命の保証はない”と、我が日本人支社長に脅迫状が送られてきたのである。
どちらかの業者からは不明であるが。。。。。。。

微笑みの国と言われるタイではあるが裏を返せば、恨み、妬み、喜怒哀楽全て、微笑みの中に隠す。
この戦術こそが第二次世界大戦も含めアジアの国の中で欧米諸国に占領されなかった唯一の国の秘訣であり、国王を中心とする自国を守るためなら、あらゆる手を尽くす。
第2次世界大戦の際、この国は日独伊3国同盟側に就いていたのであるが、勝敗が決するギリギリのキワに欧米側に寝返ったシタタカな国でもある。
彼らのシタタカさを隠すための笑顔ではあるが、一旦彼らを怒らせると手がつけられない。
しかも銃社会である。

ガススタンドで、たった10バーツの釣銭でもめ、店員が拳銃を持ち出し発砲し殺害。
麻薬の密輸を巡り国境地帯での銃撃戦など、その類の事件は日常茶飯事である。
そして、タイには普通にプロの殺し屋がいる。らしい。
しかもその値段はタイ人なら一万バーツ、外人であれば三万バーツ(約十万円)とそれほど高くない。
白昼、コンビニエンスから出てきたある白人は、黒ヘルメットとシールドで顔を隠した殺し屋に正面から銃で撃たれ死亡。ローカルの新聞によると、殺害される直前に彼は夜な夜な部屋で何か叫んでいたようだ。
他社の日系企業でも現地社長が殺し屋に狙われ緊急帰国している。
どうも請け負った殺し屋は、まずターゲットに脅迫状を送るらしい。
それでも聞かない奴は、最後にピストル、ズドンで終いだ。

さて60歳は超えているその支社長はどうしたか。。。
彼は、戦国の時代よりも昔から、紀州を中心に暴れ回った鉄砲衆の末裔であった。織田信長にも重宝された。
この地で継続して工場を経営してゆくためには、なめられるわけにはいけない。
更に、脅迫に屈するなど日本武士の末裔として恥辱であり、引くことなど微塵も考えていない。
従って、その鉄砲衆の末裔はタイ人のトップX氏(副支社長)にボディーガードを要請し、タイ軍上がりの傭兵2人が充てられた。
24時間護衛による2人体制で支社長の安全を確保する。
タイ人には珍しい190cm近い筋骨隆々の彼らなら、小柄な支社長の盾として十分だ。
もちろん拳銃を携帯しピックアップトラックにはショットガンも積み込まれ、防御だけでなく反撃能力も十分である。

【護衛のお伴】

支社長のボディーガードを始めて数日たったある日、事務方のフロアーに足を踏み入れ、経理部長と立ち話をしている時に、横から支社長が “カラス、晩飯、食いにいこか?あとでな。”と声をかけ、支社長室に戻って行った。
断ることなぞ出来るはずもないが、支社長から指示を受けた損益改善のプレゼンを明日朝一に控えていた。
飯を食って酒を飲んでしまえば準備不足は避けられず、工場再建のプロである支社長の集中砲火は切り抜けられない。支社長にしてみれば、これはこれ、あれはあれ、なのである。

それを聞いていたタイ人トップで副社長X氏から “カラス、ちょっとこっち来い!”と彼のデスクに呼ばれる。

X氏は、小生を立たせたまま、座っている椅子の床に置かれたアタッシュケースをデスクの上に持ち上げ寝かせた。
そのアタッシュケースは、かなりの重量があるようで“ゴトリ”と音を立てる。
鍵を差し込み、蓋を開けると2丁の拳銃が鈍く光っていた。
“拳銃は触ったことあるか?”と聞かれるも、豆鉄砲を食らった鳩のような顔を、横に振って答えるのが精一杯だ。
“持ってみるか?” 触ろうとすると“ちょっと待て!”と彼は拳銃から弾が詰められたカートリッジを抜き取り、チャンバーに弾がないことを確認して手渡す。ズシリと重い。
カートリッジが差し込まれていれば更に重いだろう。

X氏は続ける。
“支社長と飯を食いに行くのであれば、殺し屋に襲われる可能性もある。傭兵もいるが、それを突破されたら、最後はお前が盾になれ。38口径と45口径、どっちでも好きな方、持ってっていいぞ!”

もちろん日本人は所持出来ないので、冗談ではある。しかし盾になることは十分考えられた。
そこに、今月から赴任した総務課のH氏が嬉しそうに近づいて来た。
彼の身長185は優にあるので、盾として十分、務まる。
ので、赴任してまだ暇な彼に支社長の晩飯のお伴はバトンタッチさせてもらい、Hは嬉しそうに承諾した。(今思えば、とても残念である。)

【顛末】

タイ人トップのX副社長。
彼は、人事部のトップも兼任している。したがって、スタッフの採用の最終決定も行うため、不採用の場合は、相当恨まれるらしい。したがって、脅迫状は頻繁に届くらしく、住居の移転は数えきれず、護身のために銃の所持、携行の許可をもらっていた。

そして、今回のゴミ争奪戦から始まった殺人予告の件は、X氏によってほどなく解決する。
と言うのも、、この町出身で賄賂に次ぐ賄賂で伸し上がったこの国の首相のタクちゃん(現在亡命中)にX氏はコネクションを通じて頼み込んだ。そうだ。(公にはなっていない。)
そしてタクちゃんに警察と軍の仲介に入ってもらうことで、産廃業者は現行のまま穏便に収まった。と言うことらしい。。。。

その際に使われた莫大、と思われる袖の下に関しては。。。。。
タイ国の悪しき慣習で、毒ではあるものの、 日本人の命が助かった事を考えれば、日本企業とは言え口出す由もない。

続く。

 
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