14.ボランティアってなあに
今回は、ボランティアについて少し考えてみようと思います。別に、
堅苦しく考える必要はないけど、めちゃくちゃ柔らかすぎるのも考えも
のです。だから、ちょっと、難しいのを引用してみるとこうです。
↓
現代社会で起こっている様々な問題や課題に対し、個人の自由な意志に
よって、金銭的対価を求めず、社会的貢献を行い、連帯を生み出そうとしている
人々を指す。 近年のボランティアの多様化(参加者・活動動機・活動目的・
活動分野や内容)にみられるように、ボランティア活動に対する関心がますます高
まりつつある。ボランティア活動は、「自発性・無償制」を原則としているが、自発性
に基づかない参加動機(学校教育の一環等)をもつボランティアや、低下額の報酬
を得るボランティアも現れてきている。今日では行政がボランティア活動の推進を掲
げているが、行政の管理や指導の下におかれるものではなく、あくまで住民の自発
的・主体的な活動であるという認識が重要である (吉井由佳)
要は、自発性と主体性(他人に言われたからするのでなく、自分の意志でやる)こと。
すなわち、強制されたり、義務感を感じながらやるものでない。ということです。
よく、友人同士で、「まいちゃったよぉ〜。今日さぁ。課長に言われて時間外で働いたけど
ありゃ、サービス残業だぜ。ボランティアしちゃったよ。あほらしい〜」
という使い方は違う!ということなのです。ボランティアと無報酬を混同してると言えます。
ところで、ボランティアとチャリティってどう違うの?知ってます?
チャリティは
貧困者の救済を示すが、歴史的には宗教的な色合いが強く、公的な福祉施策の推進により、
衰退してきてます。要するに、貧困者に金銭的またはそれに変わるものの支援をする、宗教団
体なんかがするものという認識でしょうか。
もうひとつ、
フィランソロピー(philanthropy))というのも、今流行りです。これは、
博愛や慈善という意味ですが、社会福祉の歴史においては、博愛事業と位置づけ、福祉発展の
一段階としています。最近はこれを「企業の社会的貢献」と訳すことが多い。
企業が本来の営利活動を離れ、社会の構成員として、福祉活動、環境保護活動、文化・芸術活動
などの社会活動を行うこと。「○○はいつも何々をしています。地球のことを考えています」なんて、
コピーがありますね。
メセナも同様のフランス語。我が国では、文化・芸術活動に使われることが多く、企業の社会貢献は
フィランソロピーと使われてます。
○ボランティアの種類
ボランティア活動の種類について、考えてみましょう。結構、あるというより、相当ありますね。
羅列してみましょう。
1.国際貢献 ベトナムのストリートチルドレンの施設への慰問
2.大震災 災害救助犬
3.高齢者等の施設へ おむつたたみや話し相手
4.孤児院での活動
5.環境問題 川の清掃とか・・・から、市民団体NPOなどのクリーンエイドなど
これは、私が今、思いついただけで、こんなもんじゃぁないでしょう。無限大です。
1つ言えるのは、「何でもあるよ。」ということ。
じゃあ、ボランティアって、何でやるの?金ももらえないのに、不・思・議・と言う方もいるでしょう。
そうなんだよね。こればっかりは、やってみなくちゃ分からないけど、楽しいからでしょう。もう少し、
誤解を恐れずいうなら、その人の有用感や役割意識を感じ取れるからなのでは。それとも、
違う自分の発見でもいいかも。だから、「俺なんて、つまんない人間だよなぁ。でも、こんな俺でも
必要としてくれる人がいる」とか、「いつもの自分はこんな自分。でも、もう1人の自分は。。。。」
なんて人もいるかも。もちろん、将来の自分の方向性を探すため活動しているかもしれないし、
ただ、つまんなければ続かないから、楽しいからだと思います。
そうはいっても、ルールってやつは、あると思う。それでは、どういうルールか。
1.約束守れ
2.継続しろ(無理のない活動をする)
3.プライバシーは守れ
4.自分の考えを押しつけるな
これらが、最低限のルールかな。まず、1については、楽しみにされていたりするのに、来なかったり
前回、約束したのに遂行できないとか、これらが続くと、相手に不利益を及ぼすことになる。
2は、最初から、とんでもない大変なことをするのでなくて、身近なところからささいなことを始める
すぐ、やめるくらいなら、問題あり。
3.これは大切!施設なんかにボランティアとして入るとき、近所の方が入っているかも。。
「この前ね、○○さんのおばあちゃん、施設で見たよ」なぁんて、言わないように。
4.信仰を押しつけるなんてもってのほか。自分の主張をしに行くのでなく、相手の話を姿勢が基本。
まだまだ、思いつきますが、これが出来ないなら、やるべきじゃないでしょう。
次回は、ボランティアの真相にもう少し迫ります。
15.ボランティアの真相。。。。。。
○ボランティアは誰のため?
ボランティアは、誤解を恐れずに言うと自分のための活動でしょう。少なくとも、
利用者の方角から見なければそうなると思います。何故なら、ボランティアをして
いる方に「それって、楽しい?」って聞いてみたらいいです。
「楽しいよ〜ん」って言うはず。つまり、自分の快感のためでないか。。。。
「人と関わること」そのこと自体、現在の社会の中では、限られていることが
わかるでしょう。自分のまわりには常時決まった人がいるでしょう。
つまり、自分は、決まった集団の中に所属しているわけです。
「その集団の中で期待されている役割を担う」ということかな?
さて、もしあなたが、もう1人の自分を探しているならボランティアは有効な
1つの方法です。日頃、大人しい方が、ボランティア集団の中では、活発であっ
たりする。すなわち、必要とされる自分。。。。何の取り柄もないけど、必要と
されている。。。こういうことって、生きる力にもなるし、何より、活発な自分
は、「もう1人のあなた」なのです。素敵じゃないですか。自分の可能性を広げる
チャンスでもあるのです。
だからって、別に勧めているわけではないですよ。だって、人に言われたからする、
そんなつまらない活動は続かないし、「継続性」というのは、とても大切です。
もし、あなたが、ある児童施設のボランティアに行き、その中で、1人の子供と
出会ったとしましょう。時間が経つにつれて、2人は兄弟のような関係になりますね。
でも、あなたが、続けられなくなったとき、その子はどうなるでしょうか?
強い喪失感、別れというものを感じます。
もちろん、この感情自体がその子にとって、大切な経験とも言えますが、少なくとも、
ちょっと、忙しくなったから、もう辞めた!とういうものではありません。
あなたが、関わったその強いエナジーはその子に伝わっているのです。
その子にとってのあなたはかけがえのない1人かもしれません。だから、「無責任」は
いけません。
と書き連ねて来ましたが、要は、ボランティア?「あっ、そう」くらいの世の中になれ
ばいいなぁ。ボランティアがあること、それはとっても普通の社会。
特別でないもの。。。そういう風に考えられる社会がいいと私は思います。
しなくても、してもどちらも普通のこと。。。。することが、特別に映ったり、妙な
ステイタスになるのもやだなあ。