酒場には色んな人がやって来る。老若男女はもちろん犬に猫(これは同伴)閑古鳥など勝手にやってきてはよく鳴いている。
今から七〜八年まえになるだろうか、彼はやってきた。ゆっくり周りをながめ、そしてボトル棚をみながら、
「バーボンのオン・ザ・ロック、ダブルで、そうだなあターキーの十二年物にしようか」
と始まり、グラスをゆっくり口に運びながら酒の話しである。
バーボンはもちろんワインにシェリー酒、テキーラからラム、グラッパまで至る。
実にひとつひとつの造詣(けい)が深いのである。そして話しをしながら、なぜかバッグからトランプカードを取り出した。
「実はおれマジックが得意なんだよ」
と言いながら、シュルシュルシュルー、パラパラパラーパチンと実に鮮やかな手さばき。
そして彼の手と指の中でカードが飛んだり消えたりしている。
やがて、はい一枚取って〜、はい好きなところへ入れて〜
僕はただ言われるがまま感心するばかりである。
それから何杯かのオカワリの後、
「来年また来るよ、たぶんね」と言って彼は帰っていった。
次の年、彼の言葉どおり来てくれた。
「久しぶり、きょうはジョニー・ドラムの十五年もらおうか そうだ喉渇いているからチェイサーにビール」
と、相変わらず粋に始まる。さて今度はというと、彼の口から出た話は文学である。
ドストエフスキーに始まり、ニーチェ、夏目漱石、三島由紀夫とくる。
僕はやっぱりただ感心するばかりである。前も聞いたが名前も名乗らない。そして、
「来年また来る」と言って帰っていった。
次の年「来たよ」と言って彼はやって来た。
「今日はスコッチのモルトをもらおうか。そうだなあグレン・リベットの十六年物いこうかストレートで」
さて今日はどんな話が出るだろうと思っていると、
「オレちょっと弾けるんだ」と言いながらギターを手にすると(店に何本かギターを置いている)
見事なラグタイムを弾いてくれる。ますます感心どころか(彼はプロだな)と内心思った。そして例の如く、
「また来年だな」
年も変わり、僕は偶然さだまさしのコンサート・チケットを手にした。
会場に行ってみると、彼がさだまさしの横でギターを弾いているではないか。
もはやびっくりというより(なるほど)という思いで彼のギターを聴いていた。
さだまさしファンならよくご存知のツアー・バンド、亀山社中のギターリスト坂本昭二氏だったのである。
会場を後にして僕は店に向かう。「彼らしいな」と呟きながら。
しばらくして彼はやってきた。僕の方が先に、
「いらっしゃい、坂本さん」
「・・・・・なんだ、今日来てたのか」
それから数年後、二十年近く参加したツアーバンドを脱退されその後はソロギターリストとして活躍されている。
二年ほど前に「金沢でライブ出来ないかな」という電話があった。「やってみましょう」と僕は返事をした。
色んな人のちからもあり、コンサートは大成功に終わった。
相変わらず交流は続いているが、中央の仕事が多くなったせいか毎年のように、店でいい酒と、
楽しい会話を聞ける機会が少なくなった。僕としては寂しい限りではある。