ANTIQUE花小筐 花がたみ
上 陽子

連載その5 付喪神と骨董

 時折、「そんな古いもん持ってって怖くないが?」と聞かれる。
 ユングのいうところの共時性、シンクロニシティは身辺でよく起こるが、茶碗がある夜突然、枕もとにコロコロと転がってきてさめざめ(茶碗ならワンワン?)泣き出して困ったということもなく、今日まで平穏に過ごしている。
 どんな扱われ方をしていたか、物たちは寡黙だが、その姿を眺めていれば自ずと語りだすものだ。例え私の手元に来たときひどい状態であっても時間をかけきれいに洗ったり磨いたりしてあげれば、そのものは再び美しく呼吸をしだす。
 一度だけ「嫌だな」と思ったのは、古い鏡台を見たときである。その家のおばあさんか曾おばあさんが使っていたのだろうか。大きな姿見つきのもので百年くらい経っていた。埃を被っているものの台の部分も作りはしっかりしており、鏡も磨けば十分に使えるものであった。だが、抽斗を開けるといけなかった。なかに髪が幾重にも絡みついたままの櫛が入っていたのである。
 私の想像であるが、鏡台の持ち主が亡くなって片付けられた際に、その家のお嫁さんにあたる人が中をきれいにせず、納戸に仕舞わせたのでなかろうか。もしかしたら嫁姑の仲が悪かったのかもしれない・・・。心をかけ始末をしてあげたら良いものを、そうできなかった人の心。恐ろしきは物ではない。
 中世、器物が妖怪化したものを「付喪神」といった。「百鬼夜行絵巻」にでてくる妖怪のほとんどがそうである。粗末に打ち捨てられた物が恨んで祟る。昔の人は木や岩などの自然に霊を見たように、霊のある木から作られた物にも霊が宿ると信じ、大切にしていた。21世紀の百鬼夜行絵巻を描いたらどんなだろう。想像してみると百鬼では到底すまない数の物たちが立ち現れる。
 松谷みよ子の作品に「茂吉の猫」という掌品がある。
 茂吉という鉄砲打ちの名人が、ある日酒屋にいくと、身に覚えのないツケがたまっている。酒屋の親父と押し問答をしていると、童子が一人やってきてすんだ声で酒を注文し、勘定は茂吉だと言う。童子の声になぜかドキッとした茂吉だったが、我に返り酒どろぼうと持っていたキセルを投げつけると、驚いた童子は酒樽を放り出して一目散に逃げだした。
 野を越え川を渡りそのあとを追いかけた茂吉が行き着いた先は、青い火、赤い火がべかべかとつく化けものづくしの野原。さすがの茂吉も恐怖を覚え、息をこらして化けものたちの様子を窺がっていると、化けものの一人が「茂吉の猫あどうした」「まだ酒こもってこねか」と叫びだす。そしてどううと風がひとふきして現れたのは一匹の猫。茂吉の猫だった。
 化けものたちは猫に酒の催促をするのだが、酒屋でばったり茂吉に出くわした猫には酒がない。酒はない、猫もキセnekoルをぶつけられて怪我をしたと聞いた化けものたちは怒り、ついには「大体鉄砲を持って茂吉はけしからん。茂吉殺すべし」「殺すべし」「明日の朝茂吉の膳の上をぽんと飛べ、その飯を食えば茂吉は死ぬ」。だが、それを聞いた猫の返事は「おら、やんだ、茂吉すきだもの」と。
 「化けもののつら汚し、茂吉の猫も死ぬべし」「死ぬべし」。化けものに取り囲まれ、その長い細い手が茂吉の猫の首にずいっと迫り・・・・・。ああ、けなげな茂吉の猫の運命はいかに、そして化けものたちの正体は!?
 「茂吉の猫」は講談社文庫「おおかみのまゆ毛」に収録されています。


上 陽子(かみ ようこ)さんは、アンティークのお店「花小筐」(はなこばこ)のあるじ。古いものたちの持つおもむきの微妙をさとる確かな目を持った女性です。 連載その4へ