読売新聞(九州総合版 平成18年11月29日)(本文を読む)

読売新聞(九州総合版 平成18年11月29日)

「泌尿器科の腹腔鏡手術に迫る」
市立砺波総合病院泌尿器科部長 江川雅之氏に聞く


腎臓、副腎、尿管、前立腺など対象
■内視鏡手術がここ数年目まぐるしく進歩し、今では腹腔鏡手術や胸腔鏡手術が様々な領域で盛んに行われていますが、泌尿器科領域ではどのような疾患が対象となっていますか。
●泌尿器科に限らず内臓疾患の手術では、これまで胸部や腹部を大きく切開していましたが、体に小さな穴を開けてカメラや器具を差し込んで治療する内視鏡手術が登場して以来、今では様々な領域で行われています。
 泌尿器科では主に腎臓、副腎、尿管、前立腺が対象となり、腫瘍に侵された臓器の切除や再建手術などに腹腔鏡手術が用いられています。なお、尿管結石や前立腺肥大症のように尿道から内視鏡を挿入して行う治療は、内視鏡手術ではあっても腹腔鏡手術とはいいません。ただ、前立腺がんの場合は周囲も含めて切除しますので、腹腔鏡手術の対象となります。

「気腹」で術野広げて操作
■具体的な手技についてお聞かせください。どういった方法で腹腔鏡手術を行うのですか。
● 頻度の高い腎臓がんを例に挙げますと、通常腹部に5ミリほどの穴を2カ所、1センチほどの穴を2カ所、計4カ所穴を開けます。そのうちの1つにカメラ付きの腹腔鏡を、その他の穴に先端にハサミや電気メス、あるいは超音波メスの付いた細長い鉗子などの器具を入れ、テレビ画面を見ながら手術を行います。画面では、肉眼で見る以上に拡大かつ鮮明に映りますので、血管1本1本丁寧に処理でき、そのため出血も少なく、安全に手術が行えます。
 この場合、腹部内に腹腔鏡を入れただけではなかなか見にくく、操作もしにくいものです。そのため、「気腹」といって、炭酸ガスでお腹を膨らませて術野を広げて操作することになります。これは泌尿器腹腔鏡手術に限らず、腹腔鏡手術
と名の付くものでは大半で行われています。

基本的には早期がんに適応
■腹腔鏡手術が可能な条件とは?
●腹腔鏡手術の条件については腫瘍の大きさがひとつのファクターになります。施設にもよりますが、腎臓がんの場合、7〜8センチ以下で早期のがんであれば腹腔鏡手術が適応となります。大きな腫瘍で浸潤がある、あるいは進行がんである、リンパ節への転移が疑われる場合は、腹腔鏡手術では対応が難しく、開腹手術を優先する場合が多いです。もちろん、優れた技量を持った医師であれば、ある程度大きながんや進行がんを治療することもありますが、基本的には腹腔鏡手術は早期がんに対応することが一般的です。

傷口小さく早い社会復帰
■開腹手術と比較して腹腔鏡手術にはどういうメリットがありますか。
●例えば腎臓がんを摘出の場合、開腹手術では10〜20センチほどお腹を切開する必要がありましたが、腹腔鏡手術では小さな穴を4カ所開けるだけで傷口も小さく、患者にとって低侵襲であることが大きなメリットです。もちろん対象
臓器を摘出する際に最小限度で創を広げますが、それでも術後の痛みが少ないうえ、回復が早いため入院期間も短く社会復帰も早いです。入院期間は施設によって違いますが、だいたい開腹手術で2週間ほどであったのが、腹腔鏡手術では4、5日で退院することも可能です。ただ、抜糸するまでは入院を希望される方が多く、実際は1週間程度の入院がほとんどです。それでも開腹手術に比べると半分以下の期間で退院できます。また、傷口が小さいため、特に女性にとっては美容上からも好まれています。

事故防止に技術認定制度
■逆にデメリットはいかがですか。
●患者さんにとってデメリットになる点はほとんどありません。気腹で使う炭酸ガスが肺への血管を詰まらせる「空気塞栓」が指摘されていますが、実際にはそういうことはほとんどありません。
 ただ、医療側にとって問題になっているのは技術的なハードルではないかと思います。モニターで拡大して見ることができるとはいえ、目で三次元に見る開腹手術とは違い、頼りとなるテレビモニターは奥行きがない二次元。しかも細長い鉗子を使うわけですから、今まで行ってきた開腹手術とはかなり異なるわけです。これに慣れて技術を習得するまでにはかなりの時間がかかることがデメリットといえばデメリットです。
 この技術習得に関して、日本内視鏡外科学会では、医療事故をなくし、より安全性を確立する目的で、平成16年に腹腔鏡手術に関する技術認定制度を設けました。この認定制度は、従来の制度とは違い、実技に力点を置いたもので、腹腔鏡手術を行った模様をビデオに無編集で録画して提出し、審査員が判定して合否を決めます。加えて、指導者の下で手術をどれほど経験したか、あるいは学会が主催するトレーニングなどの受講も審査の対象となり、より質の高い技術力が求められます。合格率は約60%で、現時点で全国に認定は215名おり、私もそのひとりです。従来より厳しい基準となっていますが、それは患者さんに安全と安心を提供することに他ならず、私たちはさらに技術の習得に磨きをかけていく必要があります。
 もうひとつのデメリットとしては、コスト面が挙げられます。腹腔鏡手術がまだまだ普及していない理由のひとつとして、腹腔鏡手術で使われる機器類の多くがディスポ製品、いわゆる使い捨て製品であり、しかも高価であることが挙げられます。病院の経営にも影響を与えてしまうのです。しかし、最近ではメーカーでもリユース製品を開発しているほか、腹腔鏡も従来よりも鮮明に見えるように改良され、さらにこの4月から保険点数も改訂され、そういう意味からも腹腔鏡手術は今後発展していくと思います。

情報発信と技術力向上を
■最後に。
● 腹腔鏡手術を普及させるためには、どんどん情報を発信して、特に若い泌尿器科医にはおおいに学んでもらい、技術力を向上させることが大切です。そして患者さんに対する恩恵を広げてほしいと思います。
 私どもの病院でも毎月週末を利用して、若手泌尿器科医が集まって勉強会を開いて研さんに励んでいます。ホームページには詳しい情報を満載しています。ぜひ、多くの方にご覧になっていただきたいですね。
【市立砺波総合病院泌尿器科ホームページ】
http://www.spacelan.ne.jp/~jake
(または砺波総合病院泌尿器科で検索を)