●般若経典や華厳経、金剛頂経などの経典群と呼ばれるものは、追加・増広される事によって成り立っている膨大なお経であり。
複数の人間によって書かれている。 増広されて膨大なものとなった般若経典群のうち、その中心思想をきわめて簡潔に述べた経で、
仏教の全経典のうち、もっとも短いものに属する「般若心経」の最後にある呪文は法華経の呪文よりはるか後、7世紀ごろ密教化したものである。
因みに呪文は法華経が一番古い。

●阿含経が書かれたのは15世紀である。それまでは口承であった。口承される際、釈迦の直説は、
ほとんどが抜け落ち、或いは付加されて現在に至る。つまり阿含経は釈迦の直説ではないのである。

●「大日経」は、全36品であるが、この内最初の31品が本来の大日経で、
後半5品は、元々独立した経典だったものが、善無畏によって、後代に中国で追加されたものと見られている。
サンスクリット梵本は発見されていない。

●不空三蔵は金剛頂経第一部の翻訳を途中でやめた。あるいは写本がなかった。
すなわち空海の請来した「金剛頂経」は初会金剛頂経の20%である。

●「無量寿経」は、元々24願だったが48願に増広された。

●「無量寿経」と「阿弥陀経」には「南無阿弥陀仏」と言う言葉は一度も出てこない。
「観無量寿経」には2度出てくるが、ウイグル語訳中国語からの翻訳である。


しかしこれらが経典の価値を下げるものではない。
尚、偽経を軽んじるものがいるが、そこには創意工夫があり、中国でつくられようと
仏の教えである事の変わりはない。

※法華三部経などと言う、浄土真宗の輩がいるが、法華経は三部経ではない。