まだまだ、続くのか?ミステリーな日々
その18.交通事故の現場(Cさんの投稿)
車で、夜中、山道をぶっ飛ばしていると、すごく爽快ですよね。
みんな、自慢のマシンでドリフトしたりするのが、流行っていた時
のことです・・・・・・・
私たちの先輩のKさんは、とっても、恐がりでした。それは、いつも
夜中のレースにはびびりまくっていたことから、そう思われていました。
ある日、我々は、夜通しでぶっ飛ばし、爽快感を満喫して、山から某市
の市街地を走っているときでした。そこは、とても、有名な公園の横の坂道
なのですが、左右に木が生い茂り、昼間でもうっそうとしています。しかし、
その趣が情緒あるということで古都らしい風景とも言えるでしょう。
さて、時刻にして、午前4:00頃だったと思います。K先輩が、「あっ!」っと
声をあげました。正面をじぃーっと凝視しています。何のことか分からずに、
我々も視線の先に注目しました。何も見えません。
「先輩、何ですか?何か見えるのですか?ひょっとして、ポリ公?」なんて、
みんな、能天気なことを言ってます。
「帰れ、帰れ!いいから、帰れ!!」先輩が、同じ場所を見ながら、叫んでます。
「先輩、もう帰りますよ、今、先輩の家まで、向かいますから」 うん?
我々は、そう言いながら、先輩を見ましたが、その異変に気づきました。
そう、先輩は、我々に話しかけてるのでなく、見えない何者かに、怒鳴っているの
です。
「帰れ!そのマリ、拾って、帰れ!」「来るな、来るな!」
何者かに、話してるのです。前方の右隅にピンク色の「手まり」がありました。
そのまりのこと、言ってるのかなぁ?先輩ってばぁ・・・・・・・
「わかんねーのか!おめーら、そこにいるだろ。子供が!死んでんだよ、とっくに」
「あれ(まり)で、遊んでるときにはねられたんだ!そのこと、気づいてないんだき
っと・・・・・」
小学生くらいの女の子だよ。おかっぱ頭の・・・・・
先輩、分かったから、もう、帰りますよ。同乗したみんなも、さすがに口数が少なく
なり、それぞれ、帰るまで口をきくことはなかったです。
翌朝、僕は、新聞を見ました。だって、何となく、気になるし・・・・・・・
昨日の新聞を探しました。三面記事には、あの坂道で交通事故があったこと。
小学1年生の子供が、マリを拾おうとして飛び出して、車にはねられたこと。
新聞なんて、まともに読んでなかったから・・・・先輩には、見えていたのでしょう。
だから、夜中のドライブ、あんなに怖がっていたんだろう。
19.墓地の大木
知り合いの住職さんの経験談です。そこのお寺は、市内でも有名な由緒正しき
お寺です。なんでも、有名な禅僧が建立したお寺なのです。
その住職になって、墓地が荒れていたので、整備しようということになりました。
墓地の通路の真ん中に、立派な大木がありました。その木を切り倒すことになり
ました。あまりに、立派な大木なので、再利用をしたらいいのでないかと大工さんが
提案し、切り倒した後、建築材として、再利用を企てることとしました。
さっそく、直径1メートルはある、その樹木を切り倒しました。予想通り、立派な木
で、大きな家の梁に、利用できるということでした。
しかし、その木の利用は、取りやめることとなりました。何故なら・・・・・・・・・・・
その木には、五寸釘の刺した後が、ぎっしりとあったからです。
もちろん、そのお寺は、江戸時代から続いている寺院ですから、古いものは、
上の方に、最近の五寸釘もたくさん、見つかったそうです。「丑の刻参り」、
人間の怨念は、過去を超えて、現在まで脈々と続いているものなのですね。
20.友人の迎え(Yさん)
私は、高校時代、ずっと仲の良い親友がいました。その親友と私は、
同じテニス部のメンバーでした。テニス部の練習は厳しかったのですが、
その友人と一緒にがんばることで、私も、なんとか、続けていくことができ
ました。
ある日、ささいなことから友人と喧嘩になりました。それは、部活が大変
で勉強がおろそかになるので、部を退部すると、彼が、打ち明けたからです。
一緒にがんばろうと思っていた私は、彼を、随分避難しました。
その後、彼は、その日から、部に出てくることはなく、ある日、病気で入院し
たことを噂で聞きました。私は、口論した気まずさで、見舞いにもいかなかった
のです。それから、彼は、病院で亡くなりました。若いので、ガンの進行が早
かったせいでしょう。
流石に、お通夜には、私は、行くことにしました。彼の遺影を見て、ふと、横に
視線を流すと、蝋燭の火が、宙に浮いているように見えました。えっ!目の錯覚
だろうと、再度、見ましたが、蝋燭からはなれて、火だけがゆらゆらと揺れている
のです。私は、何故か、彼が怒っていると感じました。親友だったのに、見舞いに
も行かず、疎遠にしていた私を怒っていると・・・・・・・・
それから、私の身に毎晩、金縛りがやってきました。ふりほどくと、足下に影が
見えたことも何度かあります。二週間目の晩には、首を絞められました。
私は、その主が、自分の友人であると確信していました。時々、私のあだ名を
耳元でつぶやく声が聞こえるからです。
体調も崩した私は、日蓮宗の有名なお坊さんに相談することにしました。その
お坊さんは、私を見るなり、「このままだと、君は死んでしまう。このお札を、肌身
離さず、持っていなさい。特に、寝るときは、枕元において寝なさい」と、お札を
下さいました。それから、金縛りは、とまったのです。