相変わらず一人で酒場をやっている。
といってもお客さん商売、一人であるような、ないような。
そのお客さんであるが、酒場のいいところは特にお客様に対して、何らかの方向とか、また何か垣根のようなものがあるわけではない。
実に年齢も含め、色々な職業の人が来る。
一般に先生といっても幼稚園の先生から大学まで。
またお医者さんもそうである。
乗り物といえば戦闘機乗り、いつかなど潜水艦乗りも来てくれた。
先日など自衛官のY氏の横に偶然座ったのが、海上保安庁のK氏であった。
珍しい仕事といえば、放って置くと波の浸食で島が無くなるという、あの日本の最南端“南鳥島”で回りを囲う防波工事をやった、という人も来ていた。
彼曰く「あんなもの島ではない」と言っていた。
家一軒どころか、テント一張り張れないらしい。
もちろん変わった職業、変わった人達は少数派になる。
今回もある普通の営業マンの話である。
学生時代もたまに来てくれていた。
身長は180近く横幅もバランスよくあり、空手部の主将をやっていた。
全体にゴツイ。
しかし顔は至って平和
。俗に言う“気は優しくて力持ち”と言った感じである。
どこぞのバーの主の様に、痩せて、チビで、ギスギスしていない。
さて元空手(少林寺)部の主将、今は営業二年目の元気な青年である。
その彼が久しぶりに「マスター、僕のセンパイをお連れしました」と言いながら会社の先輩とやって来てくれた。
あえて上司と言わないのが体育系らしい。
それと先輩といってもまだ二十代のようだ。
「センパイ、今日は僕のオゴリです。どんどんいきましょう」「ホイホイ」と言いながらその先輩が話してくれた。
その会社は二人で組み、営業活動する事になっているらしい。
そこで彼が入社前、空手の主将をやっていたという、何やら体のゴツイ、ヤンチャな男が来るらしい。
と噂になり、誰がそいつと組むか、と問題になったらしい。
結局自分になり、アリャー。
しかし会ってみると実に穏やかで頼もしそうな男、正直ホッとした、という事であった。
「イヤー、センパイのおかげで仕事やりやすいですワー」とまあ、営業言葉になっているのか、いないのか?
まあまあ上手くやっていそうである。
先輩もそのオベンチャラに意味も無く「フムッフムッ」である。
そういう流れのところへ偶然空手部の後輩がやってきた。
「これは、ど、どうもセンパイ」彼はゆっくり立ち上がると、後輩の肩をバーンと叩くと「オウーッ、元気にやっとるかーッ、ちゃんと練習せーよーっ」「ハイッス、センパイ」
さすがは元主将である。
威厳がある。
先輩との言葉遣いがちがう。
「まあ、飲めーっ」とやっているところへ、これまた偶然教室の教授がやってきた。
「オーッ、T君かーっ」すると今度はパッと立ち上がり、シャキッと気を付けの姿勢である。
そのままペコリと頭を下げながら、
「イヤー、これは先生どうもどうもご無沙汰しております。イヤーお元気でいらっしゃいますか・・・・・こちらは会社のセンパイです」先輩はつられて「センパイです。ど、どうも」とまあ、つられて先輩まで真面目な生徒の顔になってしまった。
それからは後輩としての顔あり、威厳のある顔あり、恐縮した顔ありと、彼の変わり身が何とも滑稽であるが微笑ましい。
そして元々人のいい気は優しくて力持ち、その日は和やかな笑いの響く楽しい酒場となった。
話としては何でもない事だが、カウンターの中から色々な人と人を観れる、なんとも楽しい仕事である。
彼の大きいのは体だけではない、心も広くて大きい、もちろん人へも。
チビで痩せた僕も心だけは大きくありたいものである。
社会人二年生、もはやりっぱな営業マンである。