十二〜三年前になるだろうか、金魚を二匹飼っていた。
香林坊の歩行者天国のおり、出店していた金魚すくいで子どもが捕ってきたものである。
何の変哲のない、いわば金魚の原種とでも言おうか、赤と白がなければほとんどフナである。
いつごろかは知らないがもともと金魚はフナの変種から出来たものらしいので、
姿かたちがフナに似て当然と言えば当然なわけである。
その色のついたフナ、二匹の内一匹は残念ながらしばらくして死んでしまったが、もう一匹の方は育つは育つ。
ヒーターに、また水草など入れてやったものだから冬でも活発に餌を食べ、
次の年の終わりの頃には30センチの水槽では手狭になり、しょうがないので60センチの水槽に変えてやった。
生活スペースが大きくなると水圧の関係なのか、また一段と成長するようである。
三年も経つと十五〜六センチにはなっただろう。そこへ持ってきて丸々と太ってきた。
こうなると太ったフナというより、ほとんどコイに近い。実際始めて見た人は「あら可愛いコイ」と言うので、
イヤこれは金魚です。と言うと、可愛いコイが「まあすごい金魚だこと」に変わる。
その頃になると水槽をトントンと叩いてやると「ナンジャ」とでも言いたげな雰囲気で叩いた方へやってくる。
金魚と言えども動物だ、慣れてくるものらしい。
ある日事件は起こった。
水槽の底で横になり苦しそうにしている。また周辺に大量の餌が舞っている。
どうやら幼稚園児の我が娘がいたずらに餌をばら撒いたようだ。それをまた金魚野郎はあさましく食いまくったようである。
僕はおもわず「大丈夫かギョッ」というと金魚は「もう食えんギョッ、ウ〜ッ」と言いながらうなっている。
突然金魚語が出てきたので説明しなければいけませんが、語尾に「ギョッ」を付けると金魚語になります。
またこれは金魚に限らず動物全般に言えます。たとえばクジラの場合、もう食えんジラ、となります。
ただゴジラの場合、ジラでは紛らわしいので例外的に、もう食えんゴラ、となります。
ではゴリラの場合これは普通に、もう食えんリラ、でいいわけです。
「リラ」というと某国の通貨単位でありますが、ゴリラがその国の朝市に行きました。
そしてバナナを指差し「これいくらリラ?」と聞くと「五リラ」と朝市のおばちゃんは言ったそうです。
話を元に戻そう。
相変わらず横になったまま「う〜ん、う〜んギョッ」とうなっている。
僕は何とかしなければと思い、近くの金魚屋さんに行き、事情を話してみた。
「それは多分助からないだろう、まれに横になったまま何年か生きることはありますが」
と言われ、これと言った薬も貰えず帰ってきたが、うなっている金魚を何もしないで見ていると言うのもかわいそうな話である。
そこで思いついた。食べ過ぎて腹を壊したわけだ。じゃあ腹薬をやればいい事である。
我が家の置き薬箱を見てみると、あったあった。富山の名薬「赤玉」である。
しかしどうして与えようか、と考えているとアレッ、まてよ?。お腹を壊した、ということは普通下痢状態にある。
今の金魚の状態は便秘状態なのである。じゃあ浣腸だ、という事で薬箱を見るが浣腸薬は入っていない。
近くの薬局に行き、イチジク浣腸を買ってきた。
さあ浣腸するぞ、と金魚を見ると「ヒエーッ、なんか他の方法ないかギョッ」と助けを求めるように僕を見ている。
確かに良く考えると、いくらコイに間違われるような金魚とは言え、人間用の物だ、なるほど分量も含めちょっと無理がある。
そこで洗面器に水を入れ浣腸液を数滴たらし、その中に金魚を入れてみた。するとしばらくは変化はなかったが、
一時間もたった頃チョコッと顔を出したのである。僕はおもわず「やったギョッ」と叫んだ。
金魚は相変わらず「う〜んギョッ、う〜んギョッ」とうなりながら頑張っている。
それから「頑張れギョッ」「う〜んギョッ」とやっているうち、
五ミリ顔を出し、三センチ、五センチ、三時間も経つと十センチくらい出てきた。多分もう大丈夫だ。
水槽をきれいにして戻してやると、少しふらつき気味ではあったがゆっくり泳いでいる。
三日もするとすっかり元気になったが、なんだか動きが妙にしなやかに見える。
「どうだ金魚、その後糞の出はどうじゃ、しっかり出とるかギョッ」
と、声をかけるとやっぱり様子が違う。
「ワ、わたし女ギョッ、あんなトコ見られてもうはずかしい〜ギョッ、ほんとよ」
なるほど、原種に近い金魚、おまけに太っているものだから僕は勝手にオスと決め付けていた。ぼくはその事を詫び、
「そろそろお前も年頃だなあ、よし明日男前の金魚を連れてきてやろうギョッ」
というと、
「そんなあ、ほんとに?はずかしい〜、ギョッ」
と言いながら顔を赤くしている。もともと赤いのだが。
そして「よおーし、あしたは結婚式だ、天気が良いといいがなあ」というと「もともと水の中よ、あたし達金魚は・・・」
そうだったなあ、アッハッハッハー、ギョッ。オッホッホッホー、ギョッ。と爽やかな笑い声が我が家の玄関に響き渡りました。
その様子を台所から嫁さんが見ていました。ギョッとした目で。