ある程度高齢になり、妻に先立たれた夫はというと、それはもうかわいそうなくらい落ち込むらしい。
もともと女性よりも男の方が依存度が高いように思われるので、その依存する相手が無くなると、それはそれは力を落とす事になる。
また大方の夫婦は夫の方が年上であるところへ寿命も男の方が短い、ときているので先への不安も男の方が、断然大きいのであろう。
10数年前に我が両親を相次いで亡くしているが、オヤジの方が10歳年上にもかかわらず、オフクロの方が先に逝ってしまった。
当然オヤジの落胆も大きく、寝たっきりという事でもなかったのであるが、葬式にも出られない状態であった。
数日もすると傍(はた)から見ても、もう「生きる『気』がないな」と思ったものである。
事実オフクロが死んで18日後の朝、もうこの世に目を覚まさなかった。
奇しくもその日はオフクロの誕生日であった。
ではその逆はどうかというと、それはもう全く違うようである。
なんというか大方の妻はひとりになり「実に活きいきとするらしい」とは良く聞く事である。
南木桂士という作家であり、医師でもあり、また自ら「うつ病患者」でもあるが、先日彼の「最期の仕事」という随筆を読んでいたところ、
夫に先立たれたその後の妻の様子を実に分かりやすく、的確に、かつ楽しく?書いてあったので紹介したいと思う。
彼によると、だれが何と言おうと男は弱く、女は強いらしい。
医者としてこれまで連れ合いを亡くした人を何百人も診てきたが、女、特におばあさん達の悲しみからの回復力の早さには圧倒されるとの事。
たとえば、お爺さんのベッドに付き添っていた時は腰を曲げ、よろよろ歩いていたのに、死亡を告げたとたん、
廊下を走って電話をかけに行った後ろ姿は、とても活きいきとして、実に嬉しそうだったらしい。
また別な例として、「先生、これから私はどうして生きていったらよいのでしょう」と、息を引き取った枕元で号泣していた妻は、
2週間後、死亡診断用紙を持ってきた。
「おつらいでしょうね」と、精一杯の気遣いをしつつ、低く声をかけると、「いいえまぁ、孫たちの世話で、悲しんでいる暇などありませんわ」と血色のよい、
満面の笑顔を見せてくれたらしい。
反対に、妻を亡くした男たちは哀れだとの事。
多くの人たちが「鬱」状態に落ち込み、まあこのうつ状態は重くはならないらしいが、かなり長引くらしい。
という事だが、全ての夫婦がそうであるとは思わないが、それにしてもあまりの違いにただただ愕然とするしかない。
実際に医者が見た事実であるだけに、その現実が妙に説得力をもっている。
笑ってなどいられない。
さてわが両親同様、こっちも10歳違い。
順番からいくと僕の方が先に逝くわけであるが、ただただ、順番通りを願うのみである。
(おそらく、それは妻も同じであろう・・・)