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(C)2003
Somekawa & vafirs

肝臓人間

その日もいつものように夕方六時に店に入ると、ジャケットにジーンズから酒場のユニフォームである 黒いズボンに白のカッターシャツ、黒のボウタイにベストに着替え、最後にこれも黒の前掛けをギュッと腰に締めながら、 顔も一緒に引き締める。それからカウンターを拭き、酒のチェック、氷、カクテルに必要なフルーツ、 我がロブロイの唯一のつまみであるナッツ類を手配する。と、もうこれで準備はOKである。 そして看板のスイッチを入れる。

それから僕(バーテン)は夕刊を開きゆっくり目を通していると 「ヨォーッ」とやって来たのはこの店に来だして二十年以上にはなるバーテンと同世代(五十代)の男である。

 「何かいい酒は入ったかい」
バーテンが出したのはブーンズ・ノル。日本に入った当初は22ケース(264本)という貴重なバーボンだ。

 「ウマイ、華やかな中にもコイツは切れ味の鋭い酒だ」
と言いながら、ストレートでクイッ、クイッと二回で飲み干す。

 「オカワリ、お前も飲らねえか」
と始まるのであるが、とにかくツヨイ。いつまでたっても酔わない男である。 バーテンも酒にはそれなりの自信を持っているが、こいつには叶わない。仲間内からも鉄の肝臓と言われている。 そのあたりを本人はというと、、   

 「ワシの体は、肝臓以外の臓器は必要最小限度に押さえ、後は全部肝臓の方へ廻している」
というのがカレの口癖である。

 「腸など大腸だけで充分、余分な物はいらん。肺など一つあればいい、盲腸などもともと持っとらん。 脾臓・・?そんな物しらねえなあ」
まあ、放って置くときりがない。とにかく臓器のほとんどは肝臓らしい。

今のバーテンには何とも羨ましい限りの男である。 というのもバーテン(僕)は食道とすい臓が半分になり、胃と脾臓と胆のうは全部無くなってしまった。

といっても一部の不都合を除いて酒に支障があるわけではない。 酒量が減ったわけでもないし、また肝臓が悪いわけではない。 また主治医に<酒はいけません>ときつく言われているわけでもない。 たださすがに食道をイタワリながらの飲み方に替わってきているのは事実だ。

さて、久しぶりにやって来た彼にその辺の事情を話そうと思うが、帰ってくる彼の言葉がおおよそ想像できるだけに、 どうでもいいような気がするが、まあ隠すものでもないような気がするので一応話してみると案の定、

 「ナァ〜ンダそりゃあ目出たい、肝臓があれば充分、充分 ヨシッ、今日は祝いじゃ飲め、オレも飲むぞヨオーシ」

まあ予想通りであるが、新しいボトルを二人で開けるのにさほど時間はいらなかった。

さあそろそろ2004年、僕も五十四になる。残った臓器をそれなりに大事にしつつ、これからも我が酒人生を歩いていこう。

<主のひとり言>  毎・月半ば更新いたします。