ANTIQUE花小筐 花がたみ
上 陽子

連載その3 端皿の楽しみ

骨董を扱っていると自然と生まれも育ちも異なる半端ものの小皿が一枚、二枚と増えてくる。それは伊万里の上手の錦手だったり、染付けだったり、瀬戸の馬の目皿だったりといろいろである。
伊万里の皿たちは作られた当時、八寸の大皿からなます皿、向付け、飯碗、小皿、覗き猪口などがそれぞれ二十客ずつ箱に収められた組み物となっていた。これらは食器のなかでも高級品で、手にできた人たちすらも、晴れの日を彩る特別な器として大切に扱い、代々伝えられてきたのである。
けれども時の移ろいとともに、いつしかそれらは元の持ち主の手を離れ、組み物ではなくなり、さらに二十あったものが十となり、五つとなり離れ離れの運命をたどって、私の手元にも集ってきたのだ。
離れ離れなどと書くと、♪ある晴れた昼下がり 荷馬車がごとごと・・・といういつか音楽の時間に習ったドナドナのもの哀しい旋律が聞こえてきそうではあるが、そのおかげで、その器が生まれた当時だったら決して見ることもなか
っただろう私が、巡り巡って手にして扱わせていただくことができるのである。
骨董屋の店先にはこういう離れになった小皿の一枚や二枚が必ずある。江戸後期から幕末のものであれば一枚2000円くらいから求めることができる(錦手や柿右衛門手といった上手は別にして)。好きで集めたものは雰囲気も似ているので、時代や模様が異なっていても気にならず、寄せとして楽しめる。
また伊万里の皿にはそのつくりの良さゆえに、食器として生まれながらも、飾って楽しむこともできる力のあるものが少なくない。小皿一枚にも歴史や文化が凝縮され、それらに思いをめぐらすとき想像の翼が広がっていく。

  秋風や 模様のちがふ 皿ふたつ

原石鼎が山陰地方を放浪していた時期の句である。はてさて石鼎はどんな皿をどんな思いで眺めていたのであろうか。

上 陽子(かみ ようこ)さんは、アンティークのお店「花小筐」(はなこばこ)のあるじ。古いものたちの持つおもむきの微妙をさとる確かな目を持った女性です。 連載その2へ